「創立記念にちなんで」宇野会友

2013-03-13

 

<卓   話> 創立記念にちなんで  宇野 龍頼 会友

 

私は創立後5年、伊藤隆会長の時に入会致しました。従ってチャターナイトの模様は良く存じませんが、その前後の事を記憶をたどりながらお話しいたします。 創立は昭和39年、1964年3月14日にチャターナイトを行いスタートしました。当時、日田には世界社会奉仕団体として日田ライオンズクラブが5年くらい前に設立されております。例の派手な帽子をかぶり、オープンカーで市内行進をされていたことが思い出されます。ライオンズクラブには当時日田の経済界の大御所が名を連ねておりますが、まだまだ優秀な方々が大勢おりますし、青年会議所を卒業された若い壮々たるメンバーがたくさん残っておられました。

当時中津には中津ロータリークラブが既に発足をしており日田より10年程前の創立です。10周年行事の一環として日田にロータリークラブを設立する事をターゲットに向笠先生を特別代表として日田の膳所先生を窓口に何回となく話しに来られたようです。 その頃日田中津街道は未舗装でしかも夏場の暑い盛りで車にはクーラーも無く窓を開けての走行は砂煙との戦いで大変苦労されたようでした。私も何回となく会員に誘われましたが青年会議所在籍中なのでお断りした次第でした。

その内20数名の同志が出来ましたのでいよいよ3月14日にチャターナイトを開催してスタート致しました。井上幸一さんは未だ若々しい30代のチャターメンバーです。中津の向笠先生の努力により日田ロータリークラブが発足致しました。向笠先生はその後1982-83年のRI会長に就任されました。その年度の日田RC会長が井上幸一さんで、あれから19年後です。井上さんご夫妻はこぞって世界大会にご出席されました。

 

次に私が入会してから苦労したのが出席の問題ではないかと思います。4代目会長に石川弥市さんがなられ出席100%にこぎ付けました。私が入会した伊藤隆さんの時にも100%継続中で、出席を一番やかましく言われました。頭の中は金曜日の出席で何度も寝てもさめても離れることはありませんでした。

欠席すれば何処どこに例会場があるからメーキャップをしなさいと、当時近隣のクラブは中津と甘木の2クラブだけで甘木には何回となく行きました。メーキャップの期間は前後1週間のみ有効でその間をはずせば無効となります。その内浮羽ロータリークラブが出来、日田中央クラブが出来て大分楽になりました。日田クラブが100%を切ったのは後藤豊次さんのお父さんが亡くなられた時に100%を切りました。出欠のグラフは私が出席奨励委員長のときにこしらえました。 次に常に言い聞かされたのがロータリーの精神です。ロータリーの綱領及び四つのテストです。活動計画書の表紙の裏面の1番に記載されております。綱領を読むのは省きますが四つのテストのみ読んでみます。

次に服装の件です。例会の際は必ずスーツを着用し、ロータリーのバッチを付けなければならない。バッチの無い者はペナルティを取られておりました。 最後に44年間ロータリーに出席して色々な事を勉強し体験をして来ましたが、その中でガバナー訪問の際に記念写真を撮りますが写真を見てたくさんの会員の歴史がその笑顔に一人一人刻まれており楽しく見ております。また、職業分類による会員の増強の変化です。会員の加入退会によりその時の日田の経済の流れが変わっているなと、これを興味深く見ております。

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