会長の時間13 平成25年10月9日(水)

2013-10-09

「かち栗」2013.10.9

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

秋が深まって栗が出回っています。先日、農家の人から、かち栗をいただきました。

茹でて天日に干して作ったものだそうですが、固い栗の実を食べながら、日本人は縄文時代以来このかち栗のようなものを食べて来たのだろうかと想像しました。

 

以前、私は30年ほど前に発見された青森県の三内丸山遺跡を訪ねたことがあります。

三内丸山遺跡は今から約5500年前~4000年前の縄文時代の巨大な集落跡ですが、ここで出土した栗の木をDNA分析した結果、栗が人の手で栽培されていたことが明らかになっています。

他にも豆、ゴボウ、ひょうたんなどの一年草も栽培されていたようですから、コメが日本に渡ってきたときに、あっという間に青森辺りまで栽培されるようになったというのも、こういう縄文人の技術と経験があったからではないでしょうか。

 

また、かち栗は保存食にも適していると思われるので、昔は貴重な食料として、戦場にも持っていったのだろうかとも想像しました。

 

そんなとき、偶々、明治の終わりの方で、乃木大将が日清戦争当時の衣食について話したことが新聞に出ていましたのでご紹介します。

 

「かの日露戦争に従軍した者に、日清戦争当時、衣食はどんなことであったかを話して聞かせると、その粗末であったこと、ほとんど嘘のごとく驚きます。さらに日清戦争の時分と西南戦争の時分の食物や弾薬、衣服の乏しさを比較しますと、これはまたもう一段ひどい。

それから以前の幕長戦争になると、ほとんどお話にならない。『そんな物を食ってよく生きていたな』と言って一笑に付されるような有様であります」だそうです。

 

具体的に何を食べたいたのか分かりませんが、かち栗などは貴重品だったのかもしれません。

 

明治末の人でさえ、僅か50年ほど前のことを『そんな物を食ってよく生きていたな』と言って一笑に付す位ですから、我々にはとても想像がつかないことです。

 

物質的に恵まれた今日、つい最近まで日本人が貧しい食料で必死に命をつないできたことを有難く思いながら、かち栗を食べました。

 

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