9月, 2017年
11月の例会
・11月 1日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
会員卓話 白石会友
ロータリー財団卓話
・11月 8日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
外部卓話
・11月15日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
未定
・11月22日(水)午後6時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
3クラブ合同例会 夜間例会
・11月29日(水)休会
10月の例会
・10月 4日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
会員卓話 河津会友
「九州北部豪雨 災害復旧について」
・10月11日(水)午後6時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
観月夜間例会
・10月18日(水)午後0時30分 OTOGINO
職場例会
・10月25日(水)午後0時30分 日田市の歴史の宿亀山亭
米山月間 米山奨学生 金君卓話
「九州北部豪雨による被害状況の比較」日田警察署 松家署長
宮崎出身で、日田に来て2年、来年退職になる。日田警察署長として勤務し、日々出来事があり、気の抜けない毎日です。 警察では実績を上げるのが第一で勤務に努めた。 中でも、九州北部豪雨では、事前に100名全員を集合させてボートその他の道具も前もって揃えて待機したが、想定以上の濁流に、ボートを出すことも、被災地に近づくこともできない場面もあった。一時署員が濁流に孤立する場面もあり、救助は困難を極めた。 平成24年の北部豪雨の災害と今年の豪雨の災害を比較すると、死者が増え、全壊戸数も52棟と2倍近くなった。人工林の地盤のもろさが原因で土砂崩れが多く発生し、さらに、流れた流木によるせき止めで水害が発生した。今後の災害発生予防のために考えなければならない課題である。 「警察の仕事」 テレビの刑事もので出てくる警察と現実の警察は大分違う。容疑者に予算オーバーのかつ丼なんて出さない。拳銃は持ち歩いているが一度も発砲したことはない。万が一、使用する場合を想定して、射撃訓練をするが、至近距離で撃っても拳銃では命中するのは難しい。要人の警護も重要な仕事で、ミスがあるとクビが飛ぶので緊張して遣っている。 平成29年の北部豪雨 <雨量>………1時間87.5ミリ(観測史上2位) 3時間186ミリ(観測史上最高) 1日370ミリ(観測史上最高) <死者・負傷者> 死者3名 ※夫婦2名が河川に転落、死亡 ※消防団員1名が土砂崩れ現場で活動中に土砂 崩れに巻き込まれ死亡 負傷者4名 ※2名土砂崩れに巻き込まれる 2名は道路で転落 <住宅被害> 全 壊 052棟 半 壊 069棟 一部損壊 21棟 床上浸水 428棟 床下浸水 937棟 <被害の特徴> ・河川の氾濫 H24.7北部豪雨の際に越水、決壊等が生じた箇所の周囲で、当時改良等を施していない箇所、河道が大きく湾曲している箇所、堤防の高さに左右に差が生じている箇所、、堤防が高く、水量が増すと、周囲の家よりも川の水面が高くなる箇所における浸水被害が多く発生した。 ・土砂の崩壊 保水力の弱い人工林(根が浅い、張っていない)の山々から木々が土砂とともに大量に崩落し、田んぼ、道路を覆った。道路が寸断されたことから多くの孤立集落が発生した。 今回の被害の多くが山間部で発生し、道路が寸断され、物資輸送はもとより、停電、固定電話が不通となるなど、日常生活に大きな影響が出た。
会長の時間12 平成29年9月27日(水)
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今日は日田市の話をします。日田市の人口は67,183人です。日田市の最高気温は平成25年8月20日39.4℃です。最低気温は昭和20年1月19日のマイナス10.8℃です。一番雪が降ったのは、昭和38年の1月19日です。積雪は39㎝でした。離婚は1日0.3組です。平均0.8組です。出生は1日平均1.4人です。死亡は1日平均2.6人です。
会長の時間11 平成29年9月20日(水)
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今年7月に、日田で大水害がありました。その前は、日田では1953年に大水害に会いました。今日はその話をします。1953年(昭和28年)6月25日から降り始め、6月29日まで降り続きました。この60年ぶりと言われる大雨は、日田、玖珠地方を中心に、県下各地に大きな被害をもたらしました。なかでも、日田地方では、25日午後6時ごろから三隈川の水が増え始め、26日午前2時には銭渕橋が流され、橋という橋は、三隈大橋だけを残して、全て流されてしまいました。ところが、流されず残った三隈大橋の橋脚に、玖珠川や大山川から流れてきた橋や家屋などがひっかかり、三隈川の流れをせき止めたため、濁流が市街地に流れ込みました。そのため、二百数十軒もの家が流され、千五百軒もの家が、水びたしになるなど被害が大きくなりました。この大水害での被害は、三隈川や花月川など市内のほとんどの地域におよびました。また、あまりにも激しい被害のために、その復旧に8年間の年月と、当時のお金で20億もの費用がかかりました。
「ロータリーの友月間」について」江田弘司 雑誌委員長
雑誌委員の卓話でございます。 9月は「ロータリーの友月間」となっております。今日はロータリーの友の内容についてご説明したいと思います。 ロータリアンの3大義務というのがございます。「会費の納入」「例会への出席」「ロータリーの友の購読」です。友の購読も義務に入っております。面白おかしい雑誌にするのが目的で発行しているわけではございません。ただ、親しみやすい雑誌でなければ中々会員の皆様方が読まなくなる、その辺は友編集部も悩みのタネとなっております。 そこで今年度から、会員の皆様が投稿しやすい新コーナーを設けてより親しみやすい友にしようと努力致しております。雑誌の内容を2つに分けますと①国際ロータリーの活動②国内ロータリーの活動、になります。友を読むことにより、日本全国のクラブの活動を、世界各地のクラブの活動を知る事ができます。逆を言えば、友がないと自分の所属クラブ以外がどんな活動をしているのか知る事ができません。 そういうロータリアンのためだけに発行している雑誌ですので、ゴシップ的なものは排除している次第です。 忙しい会員の皆様は、ゆっくり友を読む時間がないかもしれませんが、目を通すことで日本中の、世界中のロータリーの活動に触れる事ができます。今日のこの友の紹介が少しでも縁となり、興味を持って頂けたら幸いでございます。 時間が余りましたので雑談を少々。 先日、鹿児島の錦江湾に「海での散骨」研修に行ってまいりました。鹿児島の葬儀社に依頼して、日程調整や船の手配、散骨用に遺骨を加工、色々大変ですが、資料欲しい方いらっしゃいましたらご用意しますので、私の方までお願いします。
松浦善剛会友
会友の皆さん、こんにちは。今年の7月より入会いたしました、松浦と申します。わたくしの入会をご承認いただきました皆様には、改めて、御礼申し上げます。 さて本日は、わたくしの職業にちなんで、「お菓子について」話をしたいと思います。 最初に、わたくしの簡単な経歴ですが、およそ店の業種とは全く関係のない、工業系の大学を卒業し、京都市上京区にあります、老舗和菓子屋「塩芳軒(しおよしけん)」で5年間の修行生活を送りました。塩芳軒には、同じように地方から来られた方が、当時、6名おられまして、店の一角にある、広さが約十二畳一間の屋根裏部屋で共同生活をしておりました。プライベートスペースが布団の広さしかなく、洗濯は共同、入浴は近所の銭湯に通っていました。門限が10時でしたので、これから盛り上がるぞ!と言う時間には、帰宅しなければなりませんでした。給与は無く、衣食住のみが保障され、お盆・暮れの年2回、実家への手土産を頂き、帰郷が許される。当時ではそれらが、修行と言う言葉で片付けられてきましたが、今だったら、労働基準監督署が、黙ってはいないのではないかなあと思います。 まず、和菓子、洋菓子は、明治維新を境にして、分類されます。よく、カステラを洋菓子と思っている方がいますが、カステラは、室町時代に国内に入って来ましたので、和菓子に分類されます。また、洋菓子はプラスのお菓子、和菓子はマイナスのお菓子と表現されます。どういうことかと言いますと、洋菓子は素材に色々な味や香りを足し合わせながら作り上げるのに対し、和菓子は、素材のある一部分の特性を生かすために、他の所は捨てて作り上げていく、という事であります。そして、一言で和菓子と言っても、和菓子の水分の含有率で「生菓子」「半生菓子」「干菓子」と呼び名を変え、資料にありますように、多くの種類に分類されます。日持ちについてですが、当然のことですが、水分を多く含んだお菓子ほど、短くなります。特に朝生菓子と呼ばれるものは、作ったその日の内に食べた方が美味しく召し上がれます。 修行時代、京都の先生から「お菓子と接するなら、感覚を養いなさい。」と言われて来ました。聴覚、視覚、触覚、嗅覚、味覚の五感や季節感などが、主になりますが、たとえば、どんなに美味しそうなお菓子を作ったとしても、見た目やネーミングが悪ければ、お客様は買うことを控えてしまうし、春は桜餅、秋は栗きんとんが、逆の季節に提供される事は、ありえないです。また、どんなに宣伝し一時の集客を得たとしても、リピーターが生まれなければ、それは、お客様目線ではなく、ただの作り手の自己満足、感動の押し付けになります。お客様に、どのようにして興味を持ってくれるのかと言う、それら感覚のバランスが、ちょうど円を描くように同じ距離であることが大切なのではないかと思います。 その他、先生からは、「お菓子ほど、季節や気候に左右される物はない。例えば、同じお菓子でも、春に作る場合と夏では、配合自体が微妙に違ってくる。極端な事を言えば、手の温度さえもお菓子の出来に反映する。それによって包み方も変わってくる。だからこそ、手作りの価値も出てくる。これは教えたり教わったりするものでは無い。言葉にしてどうのこうのと言う事は簡単には言えない。それをどうするかは、君次第だ。と、とても厳しく重たい言葉を頂きました。この言葉を発するときの先生の表情は、とても優しく、穏やかな感じでしたが、後で聞いた話では、相当ご立腹されていたそうです。その時、京都人の表と裏と言うか、何か恐ろしさを感じた事は、言うまでもありません。でも、本当の事ですので、この言葉を今でも噛みしめながら、わたくしのお菓子作りは、日々終わりなき努力で突き進んでおります。
会長の時間10 平成29年9月13日(水)
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
今日、7月に水害にあった小鹿田焼の話をします。1995年(平成7年)に国の重要無形文化財に指定を受けました。 この小鹿田焼は、1705年(宝永2年)大鶴村の黒木十兵衛、福岡小石原の陶土、柳瀬三右衛門を招いて、朝鮮系の登り窯を築いたのが始まりです。それ以来、小鹿田焼は日常生活で使う焼き物を作ってきました。小鹿田焼では、「一子相伝」といって、一軒の窯元が継ぐ事ができるのは、その家の一人の子どもだけです。親から子へ、子から孫へと受け継ぎながら10軒の窯元が一軒一軒、昔ながらの伝統を守ってきたのです。この小鹿田焼を初めて全国に紹介したのは柳宗悦です。1927年(昭和2年)に久留米の陶器屋で、小鹿田焼に出会って、昔ながらの製法で作られる小鹿田焼に感動しました。1954年(昭和29年)に、イギリスの世界的な陶芸家バーナード・リーチが訪れ、小鹿田焼の研究をしながら作品作りをしました。これによって、小鹿田焼の名は、全国に広がりました。 最後に、家のお墓の骨壷は小鹿田焼です。
会長の時間9 平成29年9月6日(水)
日田ロータリークラブ 会長 諌山高之
9月はロータリーの友月間です。ロータリーの友の話をします。ロータリーの友創刊は1953年1月です。ロータリーの友の発行部数は、95,700部です。ロータリーの友は定価200円税別です。ロータリーの友は世界31誌あります。ロータリーの友の広告は、カラー1ページ60万円です。カラー2ページでは、200万円です。ロータリーの友事務所は、職員9人です。編集長は、野崎恭子さん、女性です。
災害時にも役に立つアウトドア体験と満天の星空観察会
2017年8月23日に実施した「災害時にも役に立つアウトドア体験と満天の星空観察会」には、たくさんのメディアに取材報道していただきました。新聞社、テレビ局、メディア関係者の皆様ありがとうございます。