6月, 2016年

会長の時間41 平成28年6月22日(水)

2016-06-22

日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎

本日は1年を振り返ってというタイトルです。

私の会長としての最後の卓話となります、これから先は大いに楽をさせてもらいます。

 

まず本年度のスローガンに『あなたは、今、何が出来ますか』ということをかかげ、このスローガンの下、クラブ活動方針に3つの柱を考えました。

定款細則を見つめなおそう       ミャンマーに井戸を掘ろう

未来の日田市を想像し、創造しよう    ということで出発致しました。

 

1・最初に取り組んだのは週報のデザインを決める事でした。

サイズがB5からA4に替わることになり、デザインを佐藤会報編集委員長と相談致しました。絵は江藤幹事の妹さんの江藤久美さんの絵を使うことに決めていましたので、その絵の色調に合わせて全体の色あいを決めました。会長の原稿が長過ぎるのと紙の質が良い事で予算を少々オーバーしてしまいました。

 

2・ガバナー公式訪問が、年度初めの7月14日にありました。

今年度はガバナー公式訪問が大変早く、それに合わせて活動計画書の作成も急がれました。4月に第1回目の役員会を開き、委員会ごとの活動計画を立てて貰い、6月末には計画書が出来上がりました。7月が始まって直ぐのガバナー公式訪問であり、経験も何もないいきなりの事ですから、私の細い神経は参りました。

しかし最初に大きな試練があったおかげで、その後の運営は順風満帆の船出になりました。

 

3・定款細則を見つめなおそう。

11月18日には定款細則の冊子が完成し佐藤委員長の卓話が行われました。

以前から日田クラブは独自の定款細則を持つべきであると、そしてこの年度には是非作ろうと考えていました。定款細則委員会には佐藤委員長はじめ、ベテラン会友に委員になって頂き、何度も検討を重ねた結果、立派な細則が出来上がった事は大変喜ばしいことです、厚くお礼を申し上げます。これは他のクラブにも自慢してよい程の出来ばえだと自負しています。

 

4・10月14日に自由討論会を行いました。

クラブ活動方針に「未来の日田市を想像し創造しよう」と掲げていましたが、この問題は難しすぎるとアドバイスを受け、公約違反になりましたが我々にもっと身近な「ロータリーを楽しもう」というテーマに方向転換し、このテーマでの自由討論を行いました。

丁度例会2500回の記念日にあわせ、コーヒーとケーキを添えた豪華なランチで行うことにしました。

江藤幹事の万全の準備のお蔭で、当日の出席率は93.3%と近来にない高い出席率となり、短時間では有りましたが有意義な討論が出来たのではないでしょうか。

後期にもう一度挑戦したかったのですが、日程の都合であきらめました。

 

5・ミャンマーに井戸を掘ろう

創立50周年事業でミャンマーに学校を建てました、その続編として、翌年には文房具を届け、今年は現地の要望で井戸を掘ることにしました。

金額は2基で14万円と僅かですが、やはり財団の補助金を使うことにし、原 財団委員長から申請書を出して貰いました。前回同様アメリカ財務省からのチェックもありましたが、無難にクリアーし補助金を得ました。

現地の方は古庄氏にお世話をして頂き、乾季に深さ70mの井戸を2基掘削、その完成視察のために私と橋本会友と2月28日から4日の日程でミャンマーへ行って参りました。現地では学校は以前の2倍の大きさになり、中学も併設され児童数も増え大きく発展していました。

井戸完成の感謝状も頂き、この事業の成果は大きいなと強く感じました。

 

6・映画 KANO の2クラブ合同上映会をパトリアで行いました。

日田中央クラブは創立40周年事業の一環として、日田クラブは新世代、国際奉仕の取り組みとして、2クラブが合同し、3月19日に映画KANOの上映会を実施しました。

映画上映に先立ち台湾、戎 福岡総領事の講演も行い、同時に台湾南部地震の為の募金も行いました。上映会には900名の観客が来場され、大変感動しておられました。

募金も19万5千円が集まり、3月22日に中央の藤井会長、橋本会友、と私の3人で台湾福岡領事館へ届けに行きました。台湾総領事館では横断幕まで作って迎えてくれました。

このプロジェクトの為に日田と日田中央の役員は7か月間度々会合を開き、打ち合わせを重ね、ようやく開催にこぎつけました。両クラブの友情も大いに深まったのではないかと感じています。

 

7・台湾の嘉義玉山ロータリークラブへ5月11~13日に行って参りました。

嘉義玉山ロータリークラブ創立17周年の行事には日田クラブから7名の会友と共に出席し、友好クラブ調印を行って参りました、調印は3度目の更新となり丁度10年目になります。台湾の周年行事は毎年盛大に行われ当日も500名もの参加者があり、会長の私はVIP待遇で、会長夫人の横の席に座りました。祝辞を述べ、プレゼントの交換も行い、そこで熊本地震の為の義援金20万円も受領しました。

宴会では台湾式乾杯でもてなされ、注がれた盃を飲干すのが台湾の礼儀であり、忠実に実行した2名の会友が撃沈しました。嘉義では我々一行は大歓迎を受けました。

 

8・4月14、16日に熊本地震が発生しました。

この為、日田中央クラブ40周年事業と玖珠クラブ35周年周年事業は延期され、熊本宇土RCの周年行事は中止となりました。

熊本地域は、ご存じのように、宇土市に限らず広範囲で被害にあっております。この状況に対し我々日田クラブは義援金として60万円を集め、それと嘉義玉山ロータリークラブからの20万円と合わせて、2720地区熊本地震総合支援室へ送金しました。また川開き観光際には、市と協力して、ロータリー、ライオンズの4クラブ協同の募金活動を行い30.5万円 を市に託しました。

熊本地震の復興にはまだまだ時間が掛り資金も必要とされます、引き続き注視することが大事だと思います。

 

以上が本年度事業の大略です。これ以外にもプログラム委員会では、例会での卓話者への依頼、社会奉仕委員会ではチャリティバザーと献血例会、職業奉仕委員会では済生会病院、中山化成有限会社、昭和学園高校での職場例会、及び職業奉仕賞の贈呈、国際奉仕委員会では世界大会への参加、等々の事業を一つ一つ実行して頂き、誠にご苦労様でした。

 

しかし一方では、近頃のロータリーは、RIにしても、地区ロータリーにしても、いろいろな取組事が非常に多くなり、会員の負担が大きくなってきている気がします。

やはり日田クラブはクラブ内の親睦を第一に考え、中央に振り回されることなく自立心を持って活動すべきだと思います。1年を終えて漸くそこにたどり着きました。

本年度は、気付かぬうちに少し頑張りすぎたなと、今になって反省しています。

 

私事ですが、自分は今まで人前で話をする事など全く考えられない、優しくておとなしい性格の持ち主でした。しかしこのロータリーで鍛えられ、人前に出ることもそれほど気にならなくなって来ました。このことは非常に有難く感謝しています。

但しスピーチだけはどうしても上手くなりませんでした。1年間練習しましたがあきらめました。

このような至らない私に、是だけの仕事を任せてくれた、ロータリーの皆様方に感謝申し上げると共に、江藤幹事の采配に厚くお礼を申し上げます

 

最後にひとことだけ言わせてもらいます。

私はこの1年、ロータリーの皆様から深い、深い愛と友情をいただきました。

私も、一生懸命真心を込めた仕事でお返しをして参りました。

ご指導、ご協力 誠に有難うございました。

 

 

会長の時間40 平成28年6月15日(水)

2016-06-15

献血例会

日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎

 

本日の献血例会では、社会奉仕委員会のメンバーには大変ご苦労をおかけします。

特に中西委員長には、準備に、交渉に誠に有難うございます。

近頃献血者が減少傾向にあるという事ですが、今日は多くの人が献血に来られる事を期待しています。会友の方々には、それぞれの担当場所で献血者への対応を宜しくお願いします。それと同時に事業所への献血の声掛けをして頂けると有難い事です。

 

今日は、午前午後とも会長、幹事、社会奉仕委員長はパトリアに詰めました。

パトリアでは声掛けの効果があり、58名の方が献血をしてくれました。その他にも5名の方が血液検査で不適格、さらに14名の方が、体重不足、怪我、薬の飲用、海外旅行等々の理由で献血が不適格となりました。用意していた卵もなくなり、10パック買いに走りましたが、とうとう1パック不足しました。パトリアではうれしい悲鳴でしたので今年の成果は良いのではないかと期待しています。

献血例会

2016-06-15

献血活動について

社会奉仕委員長 中西浩

 

6月15日の献血活動には、多数の会友の皆さまのご協力をいただき誠にありがとうございました。また、事務局や社会奉仕委員の方々には、献血会場のあいさつ回りや諸々の連絡お礼の卵の手配など、準備段階から協力いただき重ねてお礼申し上げます。

ここ数年来場者が減り会場の変更見直しも検討したほうが良いとの声も上がっていましたが、今回は開始時間から来場者が多く、結果、昨年を上回る多数の方々に献血をしていただくことができました。これは、会友事業所の社員さんへのお声掛けや、お知り合い取引先等へ協力依頼していただいた積み重ねの結果です。今回の来場者数を会員数で割ると一人あたり3名ほどになりますが、これが4名になるだけでも大幅な増員になります。もちろん、周知記事、広報、チラシ、ネットでの呼びかけもとても重要ですが、やはり直接の依頼が決め手になると思います。ご協力ありがとうございました。

 

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会長の時間39 平成28年6月8日(水)

2016-06-08

日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎

長いようで短かった一年、苦しくても楽しかった一年、そうゆう織田年度も、いよいよ余すところあとわずかとなりました。

本年度最終の夜間家族例会に、奥様方多数ご参加頂きまして誠に有難うございます。

奥様方の支えがあってからこその、日田ロータリークラブであると、重く受け止めています。

もちろん私も家内に大いに支えてもらっています、決して老々介護ではありません。

そして又、今日は井上名誉会友にもご出席頂いています、ごゆっくりくつろいで頂きたいと思います。

 

振り返って見ますと、織田年度は上手く機能していたのか、それともまずかったのか、良くわかりません、終わってみればどっちでも良いことです。

ただ一生懸命努めて参りました、予想以上に色々な事業が増え、それに対応してきました。

これは偏に、江藤幹事、功能副会長、一の宮SAA、そして理事や委員長の方々、また全ての会友に支えて頂いたおかげであり、本年度も無事に終わろうとしています、ご協力に心から感謝申し上げます。

 

私も会長としてようやく慣れてきた所でした。慣れて少し横着になってきたところでやめることになります、丁度良い頃合いだと思っています。

来月はもう功能年度です、次期 功能会長、井上幹事に早くバトンタッチをして、ゆっくりと食事を味わいたい気分です。功能会長、井上幹事、来季を宜しくお願い致します。

 

4月にあった熊本地震の義援金については、日田クラブから60万円、台湾の嘉義玉山ロータリークラブから20万円を寄付致しました。そして川開き観光際に募金活動に参加し、ロータリーとライオンズの4クラブ、合わせて30万5千円が集まりました。

 

この度、石井会友が旭日双光章を受賞されたことをお祝いし、日田ロータリークラブからささやかながら花束をお贈り致しました。

 

最後に、もう一つ残念なお知らせがあります。佐藤建身会友が6月末をもって退会されることになりました。先日、武内会員増強委員長とお宅を訪ね、お話を伺いましたが御意志は固いようで、退会願いを受理することと致しました。

佐藤会友は、1969年5月9日入会されていますので、在籍47年、100%出席連続44年になる、大ベテランの会友です。大変惜しい方が退会されることが残念でなりません。ここにご報告しご慰労の花束をお贈り致します。

会長の時間38 平成28年6月1日(水)

2016-06-01

黒田官兵衛

日田ロータリークラブ会長 織田荘太郎

 

私の会長の時間もいよいよ最終章となってきました。今日は取って置きの最後の史料を紹介します。この文書は福岡藩、黒田長政によって書かれた、藩士の心得を説いた布告文書で、元和3年(1617)は丁度400年前になりますが、江戸時代初期の武家文書です。これほど古い史料が一般の家庭に残っていることはほとんど稀であり、余程家宝として大事に保管していた事と思われます。

 

一昨年のNHK大河ドラマ、黒田官兵衛をご覧になったことと思います。

ドラマの中では官兵衛の家臣に3人の重臣がいましたが、

第1家老の栗山大善は、近頃人気沸騰の浜田岳が演じていました。

第2家老の井上九郎右衛門には高橋一生が、

もう一人の重臣の母里太兵衛を速水もこみちが演じています。

母里太兵衛は黒田節のモデルであり、福島正則から、酒の大盃を一気に呑み干して日本号の槍をせしめた豪傑です。

栗山大善は黒田長政の子・忠之の時に、その行状をみかねて幕府に訴えます、所謂黒田騒動です。裁定の結果、藩は存続し本人は奥州盛岡藩の預かりとなります、この時に官兵衛の愛用した兜・赤合子(ごうす)も一緒に盛岡に持って行きます。従って、兜は東北に存在します。

井上九郎右衛門は、別府石垣原の戦いで、吉廣加兵衛率いる大友勢を激戦の末、打ち負かす武将です。井上九郎右衛門は1万2千石の家老でしたが、黒田騒動の後追放されます。

 

その井上九郎右衛門の子孫が日田にいると聞いてビックリしました、しかもよく知った方で、二度びっくりしました。井上秀樹さんといいます、現在中央通りの自治会長をなさっていますが、さすが井上九郎右衛門の子孫だけあって選挙のたびに、いつも選挙参謀をしておられるようです。井上氏から、見せて頂いた物が今回の史料です。

 

井上家は、その後何度かお家再興を試みますが、望みはかないません。江戸時代末期の天保12年(1841年)に久留米の有馬藩を介し福岡藩へお家再興を願い出ますが、有馬藩は動いて呉れたのですが成功しませんでした。

この詳細は井上家史料の中にありました。

本史料では、井上九郎右衛門が筆頭家老で、栗山大善丞が末席ですが、これは九郎右衛門は非常に長生きであったようで、栗山大善は息子の代に替わっているのです。

 

このように古文書は非常に面白いです、謎を解いていく気分は推理小説そのものでワクワクします。

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