Archive for the ‘会長の時間’ Category

会長の時間31

2022-06-22

ラグビーと私 2

先日の大分県ラグビーフットボール協会の総会で、会長に選出されました。そういうことで、最後の会長の時間もラグビーについて話させていただきます。

 

前回話したように、息子たちは、それぞれ大学ラグビーに進みましたから、私は休みの日にやることが無くなりました。さあ、どうしようかと思っていましたら、長男が2年生の時、いつの間にか、レギュラーになり、それからは試合を見に行くようになりました。当時大学ラグビーでは一番強い、関東学院大学のラグビー部は部員が160名で、全国の強豪校から、すごい選手が集まるので、こんなに早くレギュラーになるとは、夢にも思っていませんでした。芝のグランドは4面あり、A、B、Cチームに分かれて練習し、残りの1面はアザー(その他)と呼ばれる人が練習するそうです。合宿所は3ヶ所あり、その内の1ヶ所がレギュラー寮と呼ばれ、個室で、息子はどうしてもそこに、入りたかったようです。

 

最初は東京へ安く行こうと思い、宿泊付きのスカイマークで行きましたが、ホテルは新宿の外れにあり、外国人労働者が泊まるような所で、飛行機も狭いし、1回でやめました。それからはどうせ行くならと言うことで、東京の有名なホテルを順番に泊まり、観光名所もほとんど見て回りました。最後の方は行くところが無くなり、隅田川の川下りや、はとバスの夜間ツアーにも参加しました。

 

ホテルで一番良かったのは東京ステーションホテルで、朝食が美味しく、地下にサウナと温泉がありました。一番便利が悪かったのは、ホテルオークラで、官庁街ですから、廻りに食事をするところがありません。ホテルの中のレストランはいつも予約でいっぱいです。仕方なく、タクシーで赤坂まで行って、食事をしなければならなかったです。しかしホテルニュー大谷や帝国ホテルに比べ、ロビーが広々としていて尊厳があり、テレビカメラが待ち伏せをしているのも、オークラが一番多かったです。食事に行くのが面倒くさかったとき、話の種にルームサービスを頼みましたが、これがなかなか好評で、熱々の料理が出てきて、家内は化粧を落として食べられるということで、やみつきになりました。

 

長男は大学選手権で3年の時、準優勝、4年の時、優勝することが出来ました。次男は身体が小さかったので、4年でようやくレギュラーになれ、伝統の早明戦のも出て、家族親戚8名で昔の国立競技場へ応援に行ったのも懐かしい思い出です。その後、息子たちはラグビーのおかげで、クボタとNTTに就職することが出来ました。社会人になると、試合は全国各地でするようになりました。札幌で試合があった時は、網走、知床、釧路と観光して、今問題になっている、遊覧船にも乗り、最後に息子の試合を見て帰るという行程でした。

 

ハプニングもありました、長野の松本で試合の翌日、台風で飛行機が飛ばなくなり、新幹線で東京まで行き、翌日、羽田から帰りました。仙台、金沢、新潟といろんな所に行き、試合観戦と観光を大いに楽しみました。やはり一番多いのは、大阪、京都でした。家内がいつも言っていますが、京都は何回も行っても飽きないらしいです。兄弟の試合が重なる時はどうしますかと聞かれますが、試合場所で選びます。長男が試合に出るようになってから、次男が現役を引退するまでの12年間、毎年9月から12月にかけ、毎週のように応援に行き、いろんな所を観光することが出来ました。これもラグビーのおかげだと思っています。

 

息子たちが引退した後、いよいよすることが無くなったと思っていたら、次はゴルフです。今では毎年、100回以上ゴルフに行っています。今後、ゴルフが出来なくなったときは、いよいよすることが無くなり、どうしようかと悩んでいます。

会長の時間30

2022-06-01

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

ラグビーと私

私は高校からラグビーを始めました。当時のラグビー部は結構強かったのですが、いつも決勝戦で舞鶴に敗れていました。練習はめちゃくちゃきつかったです。グランドは野球部と、共同で使用していたため、野球ボールが飛んでくる中での練習でした。

 

特に夏合宿は、玖珠駐屯地で目黒高校と合同で行い、午後からの練習試合は地獄でした。目黒高校は全国大会の優勝チームで、部員は80人ぐらいで、日田高校は20人、毎日3試合ぐらいするのですが、相手は入れ代わり立ち代わり、出てきて、日田高は1年生を出すわけにもいかず、づうと出っぱなしで、3試合目が終わった時は、立ち上がることができず、漫画のスポーツ根性シーンそのままの世界でした。そのおかげで、3年の秋には何時間でも走れるのではないかと思うくらい体力はついていました。大学でもラグビーを続けたかったのですが、会社を継ぐためには、理系の土木科に行かなければなりませんでした。1日中、測量実習や実験があり、特にコンクリート破壊試験などは昼夜にまたがり、体育会本部のラグビー部はとても無理と分かっていたので、理工学部のラグビー部に入りました。練習は週に4日で理科系リーグに所属し、部員は高校から始めた者と、大学から始めた者が、半々でした。大学4年の時は主将兼監督ということで、理科系リーグで優勝することができました。私は何度も本部のラグビー部に入ろうとしましたが、今一歩踏み入れることができませんでした。俗に言う、本チャンのラグビー部は夢の中に何度も出てきました。人生で一番悔いの残る出来事で、この悔しい思いを2人の息子に、託すことにしました。

 

2人の息子は小,中学校ではサッカーをしていましたが、高校では当然、ラグビーをやるものと思っていました。長男は日田高に入ると、親父の言いなりにはなりたくないと、なんとラグビー部には入りませんでした。当時のラグビー部の監督は、社会人チームでは、彼は選手で、私が監督という立場ですから、どんなことをしてもいいから息子を入れろと厳命しました。1か月過ぎても息子は入りません、家庭内はギクシャクした状態が続き、家内はオロオロするばかりでした。そこで私は奥の手を考えました。ラグビーをしないなら、授業料は払わないから、仕事を探せと言いました。親父のことだから、やりかねないと思い、とうとう観念し、ラグビー部へ入りました。

 

それからは私も日田高ラグビー部にどっぷりはまりました。まず、監督の要望により、出来る限り遠征試合をしたいということで、29人乗りの中古のマイクロバス買い、100キロのベンチプレスを5セット、それを置くプレハブハウス、ラグビースクール用のプレハブ住宅、マネージャー用のプレハブ住宅、道具小屋や、スクラムマシーン、夜間でも練習が出来る、照明設備1式など整備しました。

 

春、夏の合宿や連休の遠征試合などすべて付いて行きました。鹿児島の宮之城での合宿など1週間以上も一緒にいるものだから、お前ちの、とうちゃん、仕事はなんなん、と聞かれたこともあったようです。夜、9時前に帰ってくれば、ウエイトはしたかとおごられ、土、日曜日は練習が終わった後は、一人で黙々とキックの練習をさせ、試合が終われば、なんであそこでけったか、なんであそこでパスをせんやったかと説教の繰り返しでした。試合が終わった後の監督の説教より、親父のほうがつらいと、周りに話していたみたいです。次男は長男と私のやり取りを見ていましたので、観念し、中学3年の秋から日田高の練習に参加していました。おかげで二人とも3年の時はオール大分に選ばれ、県下でも一目置かれるような選手になり、大学のセレクターの目に留まり、推薦入学することができました。長男は当時一番強かった、関東学院に進み、次男は兄貴と戦うということで、明治大学に進み、二人とも体育会系のラグビー部へ進むことが出来、私の夢を叶えてくれました。

 

 

会長の時間29

2022-05-18

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

決算

 

上場企業の決算発表がピークを迎えています。資源高や円安が追い風となり、今年の3月期に最高益となった企業の比率は30%と約30年ぶりの高水準になったようです。当社も、売り上げが30億円を超え、適正な利益も確保することが出来ました。決して草野家住宅やローレル、YKTの工事で儲けたわけではありません。

 

30億以上売り上げているのは、日田市内でも5社程度しかいません。当社は他の建設会社と違って、国土交通省の仕事を直接貰って、工事を行います。工事では当初設計で見ていないことがいろいろ出てきますが、全て変更で見てくれます。1億円の工事が2億円になったりします。しかし、他の建設会社は大分県や日田市の工事がほとんどで、国から予算を貰って工事をしていますので、変更はほとんど見てくれず、泣き寝入りをしているのが、現状です。

 

では誰でも国が発注する工事が出来るかというと、はっきり言って出来ません。全て、建設会社には点数が付いていて、売上高、利益率、技術者の数、会社の成績、現場に貼り付ける技術者の点数など、いろんなことが加味され、入札を行います。日田市内で道路関係の国土交通省の仕事をしているのは、当社だけです。河川関係は当社以外で後1,2社です。大分県下でも国土交通省の仕事をしているのは、十数社だけです。当社は建築も含め、20ヶ所以上現場がありますが、そのうち国土交通省の仕事は6ヶ所で、利益の大半はこの6ヶ所から出ています。

 

しかしこうなるまでには長い歴史と努力があったわけです。私が小学生の頃、三芳小学校の周りには、下筌松原ダムの関係で、当時は建設省と呼んでいましたが、平屋建ての官舎がたくさんありました。母は毎年、引っ越し時期は手伝いで大忙しです。親父は毎晩、毎晩接待で飲み周り、顔を合わせることはありませんでした。私は建設省の子供が転校してきたら、いじめに遭わないように守ってやるのが役目で、当時から営業をしていたわけです。私は学校を卒業し、人吉の会社で川辺川ダムの工事に携わりました。当時、建設省の方は、親父と飲んで回った人がほとんどで、河津の息子かということで、大変かわいがって貰いました。建設省のダム技術者はダムばかり回るようで、下筌松原ダムから川辺川ダムと流れていったようです。我々建設業は普通の製造業と違って、現場所長の技量に左右されます。1億の現場で1千万残すか、1千万赤字か、所長次第です。その為には高い給料を出して、優秀な社員を雇わなければなりません。給料が高いと、Uターンして来た人たちは、必ず当社に声をかけてくるようになります。その中には、国立大学をでて、大手企業でばりばり働いた方もいます。社内では競争が激しくなります。国土交通省の仕事をすれば、利益が出るのですが、県や市の工事に比べ、書類も多く管理が大変で、検査が終って80点以上取らなければ、次の入札に影響すると言うことで、必死です。だから社員の中には給料は下がっても良いから、県か市の仕事をさせてくださいという方もおります。うちの社員は他の会社の社員に比べ優秀ですが大変です。だから給料も良い分けです。「金を残して死ぬ者は下、仕事を残して死ぬ者は中、 人を残して死ぬ者は上」という言葉がありますが、全くその通りです。当社は人に最大限の投資を行っています。

 

会長の時間28

2022-05-11

日田ロータリークラブ 副会長 石松雅彰

 

 本日の例会は、職場例会として武内会友の「秋子想」にお邪魔して開催される予定でしたが、諸事情により急遽通常例会へと変更になりました。

 河津会長より、会長代理を行うようにご指示を頂いていましたので、職場例会に因んで、職業奉仕について話をしようと思って準備をしていました。

通常例会に変更にはなりましたが、せっかく準備をしていましたので大変申し訳ありませんが、そのまま話させていただきたいと思います。

会長・幹事や職業奉仕委員長を経験された会友の皆さんはすでにご存じのことと思いますが、ご辛抱頂いて少しの時間お付き合いをお願いいたします。

2720地区では2014年度に、当時 地区職業奉仕部門長であった前田眞実(パストガバナー)が初めて「職業奉仕ハンドブック」を作成し、職業奉仕の焦点や沿革、具体的な活動内容などを紹介しています。

先日の地区研修・協議会においても強調されていましたが、ロータリーは職業奉仕を金看板としてこれまで発展を遂げてきた。これは、他の団体には存在しない唯一のものであり、高い職業倫理を重視した活動の原点を忘れずに、様々な奉仕活動に邁進すべきとしています。

ハンドブックでは、職業奉仕の焦点・核となるものとして3点が示されています。

一つが、あらゆる職業において最も高度の道徳水準を守り、推進すること

二つ目に、あらゆる有用な職業の、社会に対する価値を認めること

三つ目に、自己の職業上の手腕を、社会の問題やニーズに役立てること

としています。そして、このことは2010年度版 手続要覧第7章に関する声明として記されていると紹介しています。

次に、職業奉仕の沿革についてです。

ロータリーは創設以来、高い職業倫理を重視してきましたが、1910年の第1回ロータリー大会において「最もよく奉仕する者、最も多く報われる」の標語が紹介され、1915年のサンフランシスコ大会において「ロータリー倫理訓」(いわゆる職業倫理規定)が採択されました。

なお、この倫理訓は内容が厳しすぎることや表現方法についての批判が続出し、1951年にロータリーのあらゆる文章から削除されました。

しかしながら、その内容は職業奉仕の真髄に迫るものとして復活を望む声も多く、RIは1989年、これに代わるものとして、内容に大幅な修正を加えた「職業宣言」を採択しました。この宣言も、2013年からは「ロータリーの行動規範」として変更され今日に至っています。

 

次に、我々になじみの深い「四つのテスト」についてです。

1932年に、ハーバードJ.テイラーが39歳で倒産寸前の会社再建を任さ

れたとき、モラル向上の方法として“言行はこれに照らしてから”の「四つのテスト」を考案しました。

以来、この創案は改変されながらも現在の「四つのテスト」として職業奉仕にふさわしい職業倫理訓として認められています。

因みに、彼は1954~55年度のRI会長を務め、その折、この著作権もRIに譲渡したそうです。

やはり、歴史に名を成す人は違うな~と改めて思いました。

そして、これらロータリーの歴史や動きを知ることは、なかなか面白いことだと感じました。

最後に、職業奉仕の活動分野についてです。

 

ハンドブックでは、奉仕活動を5つの分野に整理してあります。

  1. 1,職業情報…外部講師や会員卓話、会員の事業所見学(職場訪問)等
  2. 2.就職相談…青少年のための職業情報、職業相談会の企画等
  3. 3.職業指導…中小企業育成(事業の開始や拡張の支援)、従業員への支援、専門職の育成、障がい者のための職業機会の創出等                    
  4. 4.職業活動の表彰
  5. 5.ロータリーボランティア…クラブと地区が奉仕プロジェクトのために地元では得られない専門知識や技能を持つボランティアを見つけるための支援等としています。

 

 

日田ロータリークラブでも、これらの分野において、たくさんの活動を行っていますが、このように活動を体系づけると分かりやすく、活動の意義や必要性を改めて認識できると思います。

私もロータリー歴12年なりますが、本当に知らないことが多く、これからも勉強していきたいと思っていますので、ご指導、ご協力よろしくお願いいたします。

会長の時間を終わります。        

会長の時間27

2022-04-27

日田ロータリークラブ 副会長 石松雅彰

 

本日は会長が不在ですので、私が代理で会長の時間を務めます。

宜しくお願いいたします。

今日は、先日開催されました2022~2023年度地区研修・協議会について報告と所見をお話ししたいと思います。

 今回の地区研修・協議会はコロナ禍と言うことで、一部のハイブリッド開催を除き、基本的にはZOOMによるオンラインで開催されました。

3月21日の「青少年奉仕部門」から4月24日の「ロータリー財団部門」まで、1か月以上にわたり、全体会を含め11の会議が開催されました。

ご参加いただいた次年度の各委員長さん方につきましては、大変お疲れさまでした。本当にありがとうございました。

今回の研修・協議会を通じて、私が最も興味を惹かれましたのは、全体会での前ガバナー硯川昭一氏による基調講演『メタモルフォーゼ』でした。

講演の内容は、ロータリーの創設者ポール・パーシー・ハリス氏の生い立ちからロータリーを立ち上げる経緯、その思想などに関するお話でした。

ロータリーを立ち上げた後のお話はこれまでに聞く機会がありましたが、幼児期から少年期、青年期の話は初めて聞き、紆余曲折を経てのシカゴでの法律事務所の開設、依頼人が全くなかった初期の事務所の話など、非常に興味深く聞かせてもらいました。併せて硯川前ガバナーの博識ぶりにも驚かされました。

若い会友たちにもぜひ聞いてもらいたい講演でした。

また、各部門別協議会では地区委員の皆さんが、慣れないオンラインでの進行に悪戦苦闘し、懸命にご努力頂いたことに深く感謝申し上げたいと思います。

でも、やっぱり一つの会場に集いて対面で行う研修会が私には合っている気がしました。

次年度は、何とか通常開催ができるとよいですが・・・・・

各部門別研修会の内容については、後日 各委員長からの報告もあろうかと思いますので、ここでは割愛させてもらいます。

最後に、この研修会を通じ心に留まったことが二つあります。

一つは、研修会を取り仕切った地区の委員長さんや発表者の方々の年齢が若く、そしてロータリー歴も浅い方がたくさんおられたことです。それぞれが各部門の専門家・リーダーとしてご活躍され、とても素晴らしいことだと思いました。  

いい年をして、ロータリー歴も10年以上にもなっていながら何ら貢献できていない自分がいることに恥ずかしくなりました。

若い会友の皆さんは、お仕事も忙しいでしょうが、できるだけ早い時期に地区委員などを経験されると、また新しいロータリー観が見えるかもしれません。

二つ目は、資料の件です。今回、研修資料はすべてデータで示されました。

Zoomを見ながらデータを見ることができず、やっぱり前もって印刷をしないといけないけど、ページが60ページを超えるものもあり、印刷も大変でした。

地区でも、経費負担が大変でしょうが、資料はできたら冊子でお願いできたらと思っています。

今年の地区研修・協議会は何とか終わりましたが、次年度はぜひ一堂に会した研修会が開催されますことを祈って、会長の時間を終わります。

会長の時間26

2022-04-20

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

介護付き老人ホーム譲渡

 

皆さんはロータリーの休会中、いろいろあったと思いますが、私もありました。河津建設が17年間、経営してきた41床の介護付き有料老人ホームを譲渡することになりました。去年、施設長が突然亡くなり、後継者を探していたのですが、なかなか見つからず、コロナ渦の中、慢性的な人手不足に悩まされ続けていました。譲渡の条件は、当社の運営方針をそのまま引き継いで貰い、入居者や職員も、同じ待遇であることを条件とし、全て、仲介業者にお任せしました。俗に言うM&Aという方法です。仲介業者が査定した金額で契約をし、あとは一切口出しが出来ません。何処に売却するとか、一切知らされず、途中で条件を変えることも出来ませんでした。

 

今、河津建設は約30億の売り上げがありますが、当時は、15億ぐらいで、今のように災害もなく、少ない公共工事を奪い合っていました。このままでは先が見えなく、何か手を打たなければと、焦っていました。いろいろ考えた末、日高町に持っていた、資材倉庫とアパートを壊し、そこへ老人ホームを建てることにしました。補助金を一切貰わずに立ち上げたため、当時の市長、大石さんから、俺は反対したが、おまえが勝手に作ったということにして、今後、こういった老人ホームは一切作らせないと言っていました。社会福祉法人じゃないから、いろんな制約がありません。施設長の給料は幾ら貰っても良いわけです。また食事の制限もありません。塩分を控えた美味しくない物を食べて、20年生きるより、塩分たっぷりの味の濃いい、美味しい物を食べて10年生きた方がどれだけ楽しいかという、コンセプトで運営していました。最初の1年目は3人しか入居者がいなかったのですが、大分県は最初から41床分のスタッフを揃えなさいということで、5千万の赤字でした。次の年は1千万の赤字で、3年目からようやく黒字になりました。当初からWI-FIを備え付け、完全個室と言うことで、海外在住が長かった方など、ハイレベルな生活をされていた方が、入居するようになり、それからはほぼ満床が続きました。

 

年間売り上げは、平均で1億5千万、純利益も平均で6百万ありました。もちろん、税金は河津建設が払いますし、銀行からの借り入れもありませんので、17年間である程度、貯金が出来ていました。令和4年3月31日をもって、パートを含め39名の職員を解雇し、退職金を払い、残りの有給休暇を買い取ることにしました。また、4月1日をもって引き継いでくれる、新しい会社と雇用契約を改めて結んで貰うようになりました。当初は営業もせずに毎年1億5千万の現場があるという考えで始めたのですが、建設業の場合は1億5千万の工事は社員が2人おれば、十分ですが、介護付き老人ホームの場合は、40人の職員が要るということで、その職員を集めるのがどれだけ大変か、後で分かりました。この業界は人の出入りが激しいと聞いていましたが、退職金の一覧表を見て、改めて、驚きました。勤務年数10年以上はたったの6名、3年未満が21名と、義理人情もない、本当に切ない業界であることが、思い知らされました。今は、やめて良かったと、つくづく思っています。以上 会長の時間を終ります。

会長の時間25

2022-04-13

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

ウクライナ侵攻

 

ようやく例会が開催されるようになりました。私としましては、6月まで休会をしたかったのですが、そういう訳にもいかず、先週の理事会で、コロナは当分収まりそうもないので、しっかり感染対策をし、Withコロナということで、例会を始めようと言うことになりました。約3ヶ月弱の休会でありました。

 

その間にいろんなことがありましたが、なんと言っても、驚いたのが、ロシアによるウクライナ侵攻でした。テレビや新聞によって毎日毎日、戦場での悲惨な状況が報道されています。そういった中で、私が一番強く印象に残ったのは、核を持つと言うことは、これほど強いのかということでした。アメリカもEUも武器は供給するが、手も足も出せない、というのが、実情らしいです。次がハイブリッド戦です。サイバー攻撃をしたり、SNSの偽情報で混乱させたり、人工衛星やレーダーを妨害したり、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現代戦と言われています。まるでSFの世界で、ついにここまできたか、と驚いています。

 

ところで中国が台湾を攻めたら、アメリカは軍事参入をするのでしょうか、はなはだ疑問です。このような状況で、保守系の新聞は防衛費の増強を求めています。また革新系の新聞はシェルターの設備を求めています。とうとう今月の文藝春秋は核武装のすすめという特集まで出ました。その中で、今回の戦争は、強いロシアが弱いウクライナを攻撃しているのではなく、弱いロシアが強いアメリカを攻撃しているらしいのです。これを機会に日本の防衛というものを、改めて考え直す時かもしれません。そのような中で、日本を含め、世界各国はロシアに対し経済制裁を強めていますが、当然、我々国民にもしわ寄せが来るわけですから、早く停戦交渉が妥結することを祈るばかりです。

 

さて、話は変わりますが、今日、重量子線の治療が終りました。3月の半ばから、照射を始めました。朝一番の治療をお願いしていましたら、毎日、90人の患者がおり、治療時間は選べませんと言われました。ところが、膳所先生より、サガハイマットの理事長は私の後輩で、電話しといたよ、と連絡を受けました。それが原因か分かりませんが、12回の照射は全て、朝一番の9時からになりました。毎朝、7時前に家を出て、8時前につきます。8時20分にオシッコを出し、コップ2杯の水を飲み、膀胱に水をため、9時から治療が始まります。与えられたパンツに履き替え、位置を合わせるのに時間が掛かり、照射時間は2分程度です。痛くも痒くもなく、15分間で治療が終り、10時半までには家に帰り着き、いつも通り、昼からゴルフに行けました。この治療で一番辛いことは、お酒を飲めないことだけです。禁酒して今日で1ヶ月になります。照射により直腸や尿道を傷つけているので、後1ヶ月は飲めません。よって夜間例会は1ヶ月後になります。もちろんコロナが収束していなければなりません。早くマスクの要らない環境が来ることを願って、会長の時間を終ります。

会長の時間24

2022-01-19

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

市議会議員

 

市役所の執行部と市議会議員がギクシャクしているのが気になります。市役所の1階にある階段を撤去するか、しないかでもめています。当初、あの階段は我々建設業者が一番使っていました。1回の入札に10名から20名が参加し、9時から始まり30分おきに開催され、午後まで続くときもあります。入札室は2階ですので、1階の待合室におり、時間が来れば、ぞろぞろと、例の階段を使って、入札室に行くわけです。大変便利が良かったです。このことは石松副会長が当事のことは、一番分かっていると思います。

 

しかし今では電子入札です。市役所に行かなくて良いようになりました。入札の日は駐車場を探すのも大変で、多くの人が、例の階段を上ったり、降りたりしていたのですが、今は使っていません。だから撤去するという話が出たときは、当然だと思いました。費用はコロナ対策で国から出るし、待合場所も広くなるので、大変良いことだと思いました。しかし市議会議員が反対し撤去されなくなりました。

 

2~3人の市議会議員になんで反対か聞きました。答えは「事前に相談が無かった」ということでした。これを聞いたときは、唖然としました。つまり、根回しが無かったから、反対したそうです。私は、当時の入札の話をし、事前に相談があったか、無かったかは、関係なく、市民にとって、どの選択が一番良いかが、大事じゃ無いでしょうか、と話をしたら、黙りこくっていました。余りにも、程度の低さにあきれてしまいました。

 

次は中津江ホールです。令和2年7月の豪雨で、中津江高齢者生活福祉センターが、土砂災害で全壊しました。日田市は老朽化した中津江ホールを解体し、跡地に高齢者生活福祉センターと上津江、中津江が一体化したこども園を整備することにしました。しかし、市議会は、また反対しました。ホールは28年前に当社が建設しました。当時、なんでこんな物を立てるか不思議でなりませんでした。当時の村長は箱物を造るのが大好きでした。上津江や中津江、前津江は村営住宅をたくさん建てましたが、誰も入る人がいなく、役場の職員が入っていました。市町村合併になると、その職員たちは日田市に家を建て、今では誰も住んでいません。中津江ホールも当初はお盆にミュージシャンを呼んで、賑わっていましたが、今は誰も使ってなく、老朽化が進み、大規模な修繕が必要でした。場所は津江小中学校の前で、一番便利が良く、安全な場所です。何で反対するか、分かりませんでした。しかしこの件は、お年寄りに、早く住む場所を造ってやる、ということで、ホールを解体し、公共福祉施設を造る案は、ようやく議会を通ったみたいです。何でもかんでも、反対すれば、自分の存在価値が見いだされる、と思っているのでは無いでしょうか。このように、今の市議会議員は、なんかおかしいと思っているのは、私だけでしょうか。

 

 

会長の時間23

2022-01-12

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

1月12日  正月 三が日

明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。さて、皆様は、正月の三が日は、いかがお過ごしでしたか。私は元旦、千葉にいる次男が、2歳の孫を連れて帰ってきたので、アフリカンサッファリに行ってきました。ジャングルバスは1時間半待ちで、大変な賑わいでした。私は初めて行きましたが、結構楽しかったです。二日は草野家とゴルフ対決です。私は勝ちましたが、息子は負けましたので、引き分けということになりました。草野浩輔君は、すばらしいドライバーを連発し、この日の為に、密かに練習したのでは無いかと思いました。3日は、日田校グランドで、恒例の新春ラグビー祭を開催しました。去年はコロナで中止しましたが、今年はみんな来てくれるか、心配したのですが、何とか開催することが出来ました。この、新春ラグビー祭は、私が現役の時から続いている、日田ラグビー協会の一大イベントです。当初は日田校ラグビー部OBが集まって、現役と試合をしていました。それから昭和学園にもラグビー部が出来ましたが、なかなか一緒にやろうとしませんでした。私がラグビー協会の会長になってからは、ラグビーを楽しむのに、日田校とか昭和学園は関係ない、と言うことで、日田市内のラグビー関係者が、全員集合することになり、大きなイベントに発展してきました。また、このラグビー祭の唯一の楽しみは、息子とラグビーが出来るということでした。この夢は、息子が高校1年になり、45歳でかないました。それから次男が卒業するまでの5年間は、楽しみました。息子たちは大学、社会人とラグビーを続けていたので、正月は、帰ってきませんでした。長男が33歳の時、帰ってきましたので、また一緒にやることが出来ました。1月3日の5分間のラグビーは63歳まで続きました。ラグビーが終れば、我が家で恒例の新年会です。近年は鴨鍋が続いています。どのくらいの鴨とビールが消費されたかは、皆さん方の想像に任せ、私の新年の挨拶とさせていただきます。

会長の時間22

2021-12-27

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

12月22日  サガハイマット

 

1週間前にサガハイマットに行ってきました。新幹線の新鳥栖駅のすぐ前にあり、日田からちょうど1時間でつきました。当日は前立腺がんに対し、重粒子線治療についての説明だけでした。1ヶ月前に古賀21で受けたないろんな診察のデーターを事前にCDで送っていました。私の前立腺癌は初期の癌で低リスクです。重粒子線治療はがん病巣に集中して照射を行い、周囲の直腸や膀胱への影響が少ないようです。

 

重粒子線照射は、1日1回、周4回、合計12回、総線量は51.6グレイです。線量の単位をグレイと言うらしいです。50グレイ以上で保険の請求が出来るそうです。照射は4週間で終了する予定です。来年の2月から固定具の作成を行います。柔らかくなったプラスチックの板を身体にのせ、身体に合わせて形を作り、扇風機を使って冷やして固めるそうです。最先端の割には、原始的です。そしてMRIの検査をするそうです。4日後に、治療計画を立てるため、固定具を付けてCT撮影をします。

 

治療開始は1ヶ月以上たった、3月23日から4月13日までに12回照射を行います。重粒子線治療の治療費は保険が適用されますが、3割負担で50万円です。最初の照射の時に支払わなければなりません。重粒子線治療において一番大事なことは尿をためておくことと、直腸内に便やガスがないようにすることらしいです。照射は2~3分ですが、1時間前に行って、排尿し、コップ2杯の水を飲み、1時間後に照射です。また照射の1ヶ月前から下剤を飲まなければなりません。

 

今回の治療で一番大変なことは、治療前2週間と治療後1ヶ月は飲酒が出来ないことです。この言葉を聞いたときは、唖然とし、聞き返しました。マスクをしていても、美人と分かる女医の先生は一瞬、ニヤリとし、隠れて飲酒し、一生、袋を抱えなければならない患者さんをたくさん見てきました、と脅されました。帰りの車の中で、家内に、前立腺の全摘手術に変えようかと話しましたら、好きなようにと、つれない返事でした。痛い思いをするより、ましかと思い直し、頑張って見ることにしました。サガハイマットは1日90人の方が治療を行っており、治療時間を選べません。3月23日から1ヶ月間は例会に出られないかもしれませんので、ご了承ください。

会長の時間21

2021-12-14

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

2月14日 週休2日制

 

今、我々建設業では、災害復旧が最盛期ですが、一番問題になっているのが週休2日制です。工事をしていくうえでいろんな制約があります。河川工事をする場合、10月末までの落ち鮎漁が終わらなければ着工できないし、年が明けて、3月中旬の鮎の放流時期までに終わらせなければなりません。

 

そういった中で、週休2日をしなさいということは、大変厳しいことです。しかし、避けては通れない道です。今の若者は、給料より、休みです。友達は休んでいるのに、なんで僕だけが働かなきゃならないか、ということで、この業界は若者がどんどん離れていきます。行政のほうも、何とかしなければいけないということで、飴を持ちだしてきました。つまり週休2日を導入したら、工事金を増やしましょうとなったのです。週休2日も二通りのパターンがあり、土曜日を交代で休む、週休2日交替制と完全に土曜日を休む、現場閉所4週8休制があります。請負金額は1億円の場合、週休2日交替制にすると、約2百3拾万円増額します。現場閉所4週8休制では、約3百3十万円増額します。土曜日を休まずに行くか、交替制にするか、完全に週休2日にするか、3通りを業者が選べます。ただし、工期は絶対に守らなければなりません。業者にとっては、大変厳しい選択をしなければなりません。

 

工期内に終わるかどうか、ひやひやしながら過ごし、2百3十万円か3百3十万円をタダでもらうか、一銭も貰わずに、ひやひやしないで行くか、悩ましいと事です。この制度は明日の12月15日から始まります。さて、どうなりますやら。

会長の時間20

2021-12-08

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

12月8日 支援活動

 

アフガニスタンで人道支援活動を行ってきた、医師の中村哲さんが凶弾に倒れて、12月4日で2周年を迎えられ、いろんなマスコミが彼の功績を讃えています。

 

彼がNHKのドキュメンタリー番組で、診療所を100個つくるより、用水路1本つくった方が、どれだけみんなの役に立つかわからない、と言って自らシャベルカーに乗っていたことが印象的でした。

我々建設業者にとって、この言葉を、誇らしく思い、いろんな所で使わせて貰っています。中村先生の足下にも及ばないのですが、当社では、できる限り支援活動しようと思っています。母校の三芳小学校でなにか応援することは出来ないかと、校長先生と相談し、グランドと車道の境に、子供たちを守るため、フェンスを設けることにしました。

 

そうしたら、なんと教育委員会がストップをかけてきました。三芳校だけにしたら、ほかの小学校に対し、公平さに欠けるという理由です。あきれて物も言えませんでした。もう二度と学校の支援活動はしないと決めました。ある日何となくKCVを見ていたら、不登校の生徒にボランティアで勉強を教える、フリースクール朝日の石井誠吾先生の話が出てきました。これだと思い、早速、支援の申し出を行い、スクール周辺や裏山の草刈りと樹木の剪定を、年数回するようにしました。これだけでは物足りないので、追加支援の申し出を行いました。遠慮されながらも、作業台兼用の机と椅子、書架を望まれたので、早速、購入しました。これからも積極的に支援していくつもりです。公共工事で生計を立てている者にとって、社会貢献は当然だと考えています。これからも目に見える支援活動を続けていきたいと考えています。また、当社、独自の「奨学金返済支援制度」と「奨学金制度」があります。興味のある方は当社のホームページをご覧下さい。

河津建設HP

会長の時間19

2021-12-01

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

12月1日 忘年会

 

先日、日本銀行 大分支店長と日田商工会議所、正副会頭との、意見交換会がありました。その中で経済は急激に回復していることは、間違いありません、と言われました。しかし個人消費は回復しておらず、みんな貯蓄に回っており、貯金は史上最高で20兆円あると言われました。国民一人あたり10万円ずつ配りましたが、ほとんどが貯蓄に回ったのは言うまでもありません。

 

コロナ収束後、一番行きたいところは、テーマパークじゃなくて、温泉らしいです。一番行きたい温泉地は大分で、次が群馬県、静岡県と続きます。観光動向で「大分 ホテル」がグーグルの検索で一番多かったそうです。次に人口移動ですが、転入者が多いのは大分市、豊後高田市、中津市、日出町の4つだけで、後は全て転出者が多かったそうです。その中で日田が一番、転出者が多かったようです。

 

移住者が多い多いと自慢していたのですが、それ以上に転出者が多かったのです。テレワーク実施率で、大分県は全国で2番目に低いそうです。一番低いところは島根県です。通勤時間が全国で一番低いのが影響しているかもしれません。その他、木材関係や、災害についていろいろ質問され、有意義な意見交換会でした。

 

さて話は変わりますが、ロータリーの忘年会はどうしますかと良く聞かれます。何も考えていません。新しい変異株が出てきたので、たぶん無いと思います。しかし新年会はします。商工会議所も役員だけで忘年会を行い、新年会は、例年に比べ、規模を縮小して行う予定です。私の会社も、忘年会はします。70名弱の社員がいますので、2ヶ所に分かれて、2回にわけて行い、計4回することになります。1ヶ所20名弱で密を避けて開催します。

 

場所は当社が施工した所を使います。商売をしていく上で、ギブアンドテイクは一番大事なことで、基本中の基本です。建設業協会の忘年会は役員だけで、新年会は会員企業74社で行います。もちろん当社が施工した場所を使いますが、例年、73社が私の所に酒をつぎに来るので、毎年、辟易していましたが、今年はコロナの影響で、返杯もしなくて良く、ほっとしています。このように夜の町も少しずつ元気を取り戻しつつあります。オミクロンという新しい変異株出てきましたが、まだよくわかっていません。今後、我々建設業協会も積極的の夜の町を元気づけたいと考えていますが、ロータリーの皆さん方は、どうされますか、悩ましいところです。以上会長の時間とします。

会長の時間18

2021-11-24

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

今、国会議員の文通費が問題になっています。正式には文書通信交通滞在費といって毎月100万円が支給されるそうです。知らなかったですね??その他に議員パスというのがあり、①新幹線のグリーン車などJR全線の無料パス②JR全線無料パスと月3往復分の航空券③月4往復分の航空券の3種類あり、選挙区によって、いずれか選べるそうです。議員宿舎は3LDKで月額13万円から15万円と周辺相場の6分の1以下らしいです。

 

全議員が事務所を構える衆参両院の議員会館には、通話料は無料、光熱水費も無料、秘書の給与は3人分まで公費負担されます。国会議員には、月額129万4千円の給与と年2回の期末手当が出ますが、その他に文通費などの特権があったわけです。今回問題になったのは、在任1日で、文通費と航空券が出たことです。私もこれはあんまりだと思いました。

 

しかし文通費の見直しには、反対です。地元に秘書や事務所をそれぞれ構えて、給与だけでやっていける分けがありません。やはり特権がなければ、国会議員は誰もなり手がいなくなるのではないかと思います。高い志を持って、日本を良くしてくれるなら、今の2倍でも3倍でも払って良いと思っています。

 

こんな安い給料で国会議員になりたいという人が、いること自体信じられません。仕事をしている、していないに関わらず、頑張っている議員には尊敬の念を抱かなければならないのではないでしょうか。

 

さて話が変わりますが、私の前立腺癌です。残念ながら、骨やリンパには転移していませんでした。また、前立腺癌で亡くなった方はいませんと言われ安心しています。今後の治療には手術と放射線の2種類があるそうです。手術はロボットで前立腺を全部摘出するそうです。放射線には3種類あって内照射療法、外照射療法、重粒子線療法があるそうです。前立腺癌は今すぐどうこうする物じゃないから、1~2ヶ月かけて、この4つの治療から選んで下さい。どれも効果は一緒ですと言われました。しかし家内はどうしても指宿に行きたいらしく、陽子線療法はどうですかと、質問したら、重粒子線の方が断然、良いですと言われ、指宿行きは諦めました。そしてその場で、重粒子線でお願いしますと即決しました。古賀21から今までの検査資料などがCDで送ってきたので、早速サガハイマットに電話し、予約しました。データーは早めに送って下さいとのことで、すぐ送りました。重粒子線治療で休むことがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。

会長の時間17

2021-11-17

副会長  石松 雅彰

 

本日は会長が不在ですので、私が代理で会長の時間を担当いたします。

 

私事で恐縮ですが、9月に鼠径部ヘルニアで6日ほど入院をしました。

これまで割と健康でしたので、物心ついてから初めての入院、手術で、とても緊張しドキドキでした。

 

最初に体調に異変を感じたのは7月中旬頃で、はじめは特に痛みなどはなかったので放置していましたが、8月ごろからだんだん状態が悪くなって不安になり、例会で井上太香美会友の話を聞いて相談したところ、膳所会友の紹介により福岡の原三信病院にて手術を受け良好とのことでした。

 

早速、膳所会友の病院で診察を受け、私も同じ病院を紹介していただきました。

原三信病院は、理事長が膳所会友の九州大学医学部の後輩で、鼠径部ヘルニアの専門外来があるとのことでした。

原三信病院の沿革を調べましたら、江戸時代黒田藩 藩医原三信が起こりで代々「三信」を襲名し、明治12年十二代原三信が現在地に外科医院として開業、明治35年には十三代原三信が九州初の私立病院を設立したという歴史と伝統のある素晴らしい総合病院でした。

 

9月2日に紹介外来で受診したところ、状態はかなりひどく早急に入院手術が必要との診断を受け、6日入院8日手術となりました。

手術は腹腔鏡下ヘルニア修復術ということで、全身麻酔での手術でしたから痛みは全然感じず、手術後の経過も良好でした。

手術の翌日、病室で休んでいますと品の良い白衣のDRが部屋に来られて「理事長の平でございます。お加減はいかかですか」とおっしゃられました。

 

まさか大病院の理事長が直接ご挨拶にお見えになるなど思ってもおらず、思わずベッドに正座し、「とても良好です。ありがとうございました。」と返事しました。すると理事長先生は、「よかったですね。膳所先生にもよろしくお伝えください。」とおっしゃって退室されました。それから後は、なんとなく看護師さんたちの態度も変化があり、担当の看護師さんからは「石松さんはどんなお仕事をされているのですか」とか「どちらからいらしたんですか」などの質問を受け少し待遇が上がったような感じがしました。

 

また、看護師さんの中に昭和学園高校出身の方がおられ、草野理事長先生の話も出て、6日間がアッという間でした。

退院し、膳所先生にお話ししたところ、「平理事長は大学の後輩でロータリアンでもある」と改めてお聞きし、人のつながり、ロータリアンのありがたさを実感したところであります。

 

今後も、このつながりを大切にし、ロータリアンとして微力ながら頑張りたいと思っています。

会長の時間16

2021-11-10

選挙

 

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

今回の選挙、本当におもしろかったです。自民党候補が野党候補にリードされ続け、最後の最後に日田の票が出て、一発逆転劇となりました。

 

会長の時間15

2021-10-27

日本VSオーストラリア

 

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

先週、お話しした前立腺癌はありました。14ヶ所、針生検を行い、2ヶ所で見つかりました。これで指宿に行かれると思っていたら、そう簡単には行かせてくれません。癌が骨やリンパ節に転移してないか、骨シンチグラフィ、CT、MRIなどで詳しく検査していくらしいです。今から忙しくなります。

さて、23日の日本対オーストラリア戦、大変盛り上がりました。後半4点差まで縮めましたが、逆転するために、無理な戦い方をして、最終的に23対32で敗れました。写真を撮ってきたので見てください。

会長の時間14

2021-10-20

前立線

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

実は先週の例会は、古賀21から退院して直接この会場に来ました。退院と言っても1泊しただけでした。前にも話したように、私は毎年、古賀21でペット検診を受けており、今年も異常ありませんと言われていました。

 

後日、私の携帯に古賀21から電話が掛かってきて、腫瘍マーカーPSAが毎年上がってきており、今年は4を超え、前立腺がんの疑いがあるので、泌尿器科で見て貰った方が良いと言われ、早速、行きました。前立腺に癌が発生しているか、調べるには、前立腺に直接針を刺して、細胞を採取し、顕微鏡検査をすることが、唯一の検査らしいです。

 

早速、生検をして貰うようにし、その日が先週の火曜日、9日でした。午前中、入院の手続きを終え、午後から手術です。まず、下半身に麻酔をかけるため、脊髄注射を打ちました。それから、看護師さんから、パンツを脱がされ、仰向けになり、両足を上げた状態でした。看護師さんはみんな若かったのですが、手慣れたもので、テキパキしていましたが、ちょっと恥ずかしかったです。赤ちゃんを産むときは、こんな格好かなーと想像したりしていました。肛門にエコーを差し込み、前立腺の位置を確認しながら、針を刺していきます。場所はチンチンと肛門の間で会陰と言うらしいです。14か所刺されました。刺すときパチンと音が聞こえるのですが、どういうふうになっているかわかりません。手術は30分ぐらいで終りました。翌日の朝まで、動くことは出来ないので、昼間は本を持って来たので、良かったのですが、夜は尿道の中に管を入れられており、自動でシッコが出るようになっているらしいけど、なんかチンチンを引っ張られているようで、1時間ほど、うっつら、うっつら、しては、直ぐ目が覚めると言う繰返しで、朝を迎えました。

 

いよいよ管を抜くときが来ました、痛くはなかったのですが、こんなに長いのが入っていたのには驚きました。男性は女性に比べ、尿道が長いらしいです。最後の関門がやって来ました。シッコが出なければ帰れないそうです。シッコは出たのですが、メチャクチャ痛かったです。尿の中には血も混じっています。2日ほどシッコをするたびに、痛かったですが、今は何ともありません。今回の手術で一番辛かったのは、最初のオシッコの時でした。

 

退院の時、家内が迎えに来たのですが、いろいろ調べてきたらしく、もう癌と決めつけ、前立腺癌は粒子線治療が良いらしく、九州には2ヶ所あるそうですが、温泉があって、美味しい物が食べられる、指宿の病院が良いと、もう旅行気分です。そして極めつけは、10年以上も高いお金を使って、ペット検診をしてきたので、何か無いと、割に合わないと言う始末でした。来週の月曜日に結果がわかりますが、癌でなければ何年かおきに、生検をしなければならないので、家内が言う、指宿でも良いかなと思っています。

会長の時間13

2021-10-06

ラグビーについて

日田ロータリクラブ会長 河津龍治

 

 

ラグビーについて少し話をします。ラグビーの試合を見ると痛そうだ、危険だと思う方がほとんどだと思います。だからラグビーはそう簡単に始めようという人はいません。そこで、まず初めに「ダマシ」からはいります。タックルのないタッチフットボールなど、楽しいラグビーをします。そして、徐々に慣らしていきますと、試合に出たくなります。じゃあやってみるかと、試合に出しますと、ルールのあるけんかで、おもしろいのですが、痛い、きついということになります。

 

だから痛くないためには、ウエイトトレーニングをし、筋肉の鎧を作ることの大切さを教えます。また、きつくないためには、ひたすら走りこんで体力をつけることを教えます。私は高校3年の時と体重が変わりませんが、ウエストは当時76センチでしたが、今は88センチです。つまり胸の筋肉が腹の油となっていきました。いくら身体を鍛えても、首から上は鍛えることが出来ません。だから肩から上のタックルは厳しい反則が取られ、出場停止などになったりします。高校の時、同級生が体育の授業で、スクラムを組んでいて、首を骨折し亡くなりました。また大学の時、2年下の後輩が、脊髄損傷で、車いす生活になりました。

 

これだけ危険なスポーツに、どっぷりはまり、2人の息子には強制的にさせた、ラグビーの魅力を、何回かに分けて伝えていきたいと思います。

 

会長の時間12

2021-09-29

日田ロータリークラブ 直前会長井上太香美

 

河津会長から「急用で例会に出られないので、会長の時間を代わりにやってくれ」と連絡がありました。なぜ私に指名があったのかわかりません。とりあえず本日は代理を務めます。

この1年コロナ禍で失われたものがたくさんありました。逆にたくさん得るものがありました。私が得たものは読書の時間です。たくさんの本を読むことができました。コロナウイルス騒動が始まったころ、感染症に関するものから始まり細菌学、ウイルスの研究者に関するものを読みました。次第に政治に関するものに移っていき、困難な時代に政治家がどう動いたか知りたくなり、城山三郎の「男子の本懐」などを読みました。国際問題に目が行き、今年出版されたオバマ元大統領の回顧録、米国が心配でトランプ前大統領の暴露本を次々に読みショックを受けました。いまはバイデン大統領やハリス副大統領の本を読んでいます。若いころに集めた文学全集もいま読み返すと当時とはまた違ったものを感じます。いわゆる文豪と呼ばれる方々の名文を読むと日本語の美しさを感じることができます。特に感銘を受けたのが、島崎藤村の「夜明け前」。日本の開国時の動乱の世を若者がいかに真剣に生き抜いていったのか、久々に鼓動の高まりを覚えました。戦時ものでは「聞けわだつみの声」死に直面したエリートの心境に胸が詰まりました。福沢諭吉の「学問のすすめ」など自分の年を忘れて楽しい時間を過ごすことができました。巣ごもりもまた楽しからずや。

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