7月, 2020年

8月の例会

2020-07-28

・8月 5日(水)午後0時30分 日田市のマリエールオークパイン日田
会長卓話 井上太香美会長

 

・8月12日(水)休会

 

・8月19日(水)午後0時30分 日田市のマリエールオークパイン日田
インターアクト年次大会報告 藤蔭高校インターアクトクラブ 永田委員長

 

・8月26日(水)午後0時30分 日田市のマリエールオークパイン日田
会員増強卓話 会員増強維持委員会  ※休会となりました

会長の時間3

2020-07-22

日田ロータリークラブ会長 井上太香美

 

 本来であれば、今日明日は2020東京オリンピックの話題で大騒ぎをしているはずでした。新型コロナウイルスのため1年間の延期となってしまいましたが、楽しみが先延ばしになったと前向きに考えましょう。今日は56年前の1964オリンピックを知る者として小学6年生から中学3年生の間、1少年の目からみたオリンピックのお話をさせていただきます。

 東京の前のローマ大会は小5の時です。当時ほとんどの家ではテレビがありません。あったとしても実況放送などは見ることができません。ラジオの実況中継も音が大きくなったり小さくなったりで良く聞こえません。それでも男子体操の活躍やマラソンのアベベがはだしで走ったことを記憶しています。次はいよいよ東京ということで、学校で五輪マークの小さなバッジなどを買って帽子につけて通学したことを覚えています。学校の掲示板にはオリンピックのポスター、100メートルのスタートの図柄でしたが掲示されていました。運動会では毎年「東京五輪音頭」が流れ大人も子供も踊らされたような気がします。中学校のバスケットコートのゴールには五輪マークが飾られていました。そして一番強く打たれ感動したしたことは、クーベルタン男爵の「オリンピックは勝つことではなく参加することに意義がある」ということばでした。運動神経のない私にとって、「運動は勝つことではなく参加することに意義がある」と置き換えて、ゴルフコンペに参加しています。とにかくローマ大会から東京大会までの4年間、日本中が熱病にかかったような雰囲気でした。

 開会式は、学校のテレビで見たと記憶しています。白黒テレビでしたが、アナウンサーの解説であたかもその色が見えるようでした。ブルーインパルスが、競技場の上空に見事に五輪マークを描いたときは感激しました。そして何よりも特筆しなければならないことは、大部分の国民が初めて競技をというものを自分の目でみることができたということです。現在のようにテレビがありません。国際試合もありません。レスリングとプロレスの違いも分からない人がいました。重量挙げや、サッカー、体操、フェンシング、三段跳び、棒高跳び人間技を超えたかに見えるスポーツをみることができました。その意味で東京五輪は日本のスポーツの発展や普及に多大な貢献をしたといえると思います。

会長の時間2 硯川昭一ガバナー公式訪問

2020-07-15

日田ロータリークラブ会長 井上太香美

 

本来ならば、ガバナー公式訪問例会ですので、会長の時間もロータリークラブに関しての蘊蓄(うんちく)を述べるべきでしょうが、その話は後程ごガバナーより詳細にお話があると思われます。よって本日は通常の例会の雰囲気でやらしていただきます。

 7月に入りずっと曇り空が続いています。7日には豪雨となり天ケ瀬、津江方面では甚大な被害が発生しました。

 日田の水害の歴史を振り返ってみると昭和28年の災害にたどり着きます。以来平成24年7月まで特筆されるような大水害は無かったと思います。私は、昭和28年の災害時は4歳になる年ですからもちろん記憶にありません。話によりますと三隈川の氾濫ということで、私の育った花月川の支流小野川も氾濫したとはいえ、市内ほどの被害はなかったと聞いています。とにかく平成24年の豪雨まで、63年間、水害とは無縁の人生でした。ところが、その5年後九州北部豪雨によって生まれ育った小野谷の姿は変わってしまいました。以来毎年のように避難指示が出るようになりました。その原因として、地球の温暖化等の影響が無視できなくなった気がします。

 今日は私が初めて見た、平成24年の水害についてお話ししたいと思います。

7月3日の朝でした。玄関を開けると土砂降りの雨です。事務所まで約100mあります。その間に2本の用水路があるのですが、車道の上に水があふれていました。とにかくあちこちの用水路があふれて事務所の周りは水浸しの状態でした。この日の状態は、皆さんもそれぞれ目撃されたと思います。その日の夕方財津方面に様子を見に行った時、コカ・コーラのあたりまで浸水した事態に愕然とした次第です。私は小野地区の鈴連町で稲作をしておりましたので、翌日田んぼの状況を見に行こうしましたが、道路が土砂で寸断されており、通行止めでした。土砂を寄せて交互通行になり田の様子が見られるまでに数日かかりました。幸い私の田は、水につかったものの流されずに済みました。その時に見た景色は忘れられません。川に密生していたヨシが1本もありませんでした。苔のついていた石が真っ白になっていました。田んぼの川に面した石垣の草がきれいにむしり取られて、ピカピカに磨かれていました。水辺の砂も真っ白で後日、田の草をそこに捨てていたのですが、気が引けて掃除に行ったほどです。幾筋も谷川から道路上に押し流され岩石に山に驚きました、清流を取り戻した川の美しさ、この対比の不可思議は目に焼き付いています。作業が終わるころ1台の救急車が参りました。何か気になる救急車でした。私の田んぼより上はまだ道路が寸断されています。除去作業中の重機が、緊急車両の前を開けておりました。早く病人のところにつけたらいいなと念じつつ帰路についたのですが、翌日私の元に届いたのは、幼馴染で同級生の友人の訃報でした。結局救急車は間に合わなかったのです。

 

会長の時間1

2020-07-01

日田ロータリークラブ会長 井上太香美

 

本日は 井上年度最初の例会です。来年6月まで、頓宮幹事をはじめ理事の皆様、そして会員の皆様のご協力を賜りながら一生懸命頑張ってまいります。どうぞよろしくお願いします。

会長の時間をいただきましたので、第1回は来週から週報を飾る絵のお話をします。私には毎週週報を飾るような名画というものも持ち合わせておりません。そこで当クラブの織田会友に相談をいたしました。織田さんは気持ちよく、何枚かの絵を収録したUSBを貸してくださいました。その中の絵はどれも素晴らしいものでしたが、特に胸を打たれたのが「母と子」と題された絵でありました。

従前から私が思うに、女性の美と感じるものは多々ありますが、乳児を抱いてやさしく微笑む姿、すなわち母親のいとし子を見守るまなざしと、それに応える子供のまなざし、まさに見返りを求めぬ絆、是程美しいものは無いと思います。私はすぐにこれを使わしてくださいとお願いし、快く了解していただきました。

折から感染症の蔓延で心がすさんでいる時であります。経済状況も疲弊しております。聞こえてくる言葉は「ソーシャルディスタンス」社会的距離の保持です。分断、といういやな声も聞こえてきます。こんな時こそ、人のやさしさの原点ともいえる親子、これを表現した絵のような温かさが必要ではないかと思います。その思いをもってこの絵で1年間週報を飾らしていただきます。織田会友ありがとうございます。

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