12月, 2013年

会長卓話「2013-14年度上半期を振り返って」橋本信一郎会長

2013-12-25

「2013-14年度上半期を振り返って」2013.12.25

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今年度は通常のロータリー活動の他に、創立50周年の記念事業が控えております。

既に石井博基会友を実行委員長として、各委員会が組織され準備活動を開始し始めました。

 

有能な日田ロータリークラブの会友が意見を出し合って準備を進めていますので、必ず素晴らしい式典と祝宴、記念誌が出来るものを確信しております。

 

その記念事業の一つとして、ミャンマー・キータンゴン村の学習小屋改修事業がありますが、先ほど、会長卓話で話しましたように、地方紙・全国紙合わせて6紙に記事が掲載されました。

 

大分合同新聞の記事をご覧になった杵築市の岡島正さんは、以前、国連のミャンマー支援事務所に働いていたとき換金せずに持ち帰ったミャンマーの通貨約17万チャットを、ミャンマーの子供たちの為にとご寄附下さいました。

 

各紙の記事によって、国際ロータリーと日田ロータリークラブの公共イメージの向上に貢献するとともに、ミャンマーの地方の教育実情を広く知ってもらうことも出来たと思います。日本とミャンマーの絆がますます強まることを期待します。

 

そのキータンゴン村に、10月25日から訪問し建設資金の一部を授与して来ました。雨期明けから工事を始めて、2月末に完成予定です。3月の初旬には、竣工式を現地で行いますので、多くの会員の参加を期待します。会員以外でもミャンマーに関心のある方の参加も歓迎します。

 

今期は50周年を機会として、会員増強を佐竹委員長が推進していますが、江田弘司会友、宮崎隆生会友、吉田裕一会友が入会され、現在、会員総数は54名です。まだ、入会候補者はいますので、精鋭のクラブを目指したいと考えます。

 

外部卓話も、アゼルバイジャン在住のノリコ・ダータシさんご夫妻、ミャンマーで学校建設を支援している古庄重生さん、日田ソーシャルビジネスの河津勇成さん、大分合同新聞日田支社長の岩本聡さん、富産業の吉富今日子さんにしていただきました。

私の印象に残ったのは、ノリコ・ダータシさんの「海外に出て初めて自分が日本人であることを自覚した」「歴史を勉強して、きちんと主張できる日本人にならなければならない」ということと、ご主人のハティさんが「日本にはイスラム教やキリスト教のような神がいないのに、日本人には道徳がある」「日本人は公共のために働くに感心した」と話されたことです。

会長方針は「一眼を足下に、一眼を世界に」ですが、今後も世界の話も聞いて世界と日本を理解して行きたいと思います。

 

9月24日には、赤山武興ガバナーを「みくまホテル」にお迎えしてガバナー公式訪問がありました。

その歓迎式典の式場で、シドニーで行われるR・I国際大会の関係で、それまで予定していた5月31日の50周年の式典に出られないという話があり、慌てました。翌日の早朝から手配して、6月14日に会場が確保できるということで、赤山ガバナーにも確認をとり、漸く式典日を確定することが出来ました。

 

また、今期も2720地区の各セミナーが開催されました。

9月29日、宇佐の米山記念奨学委員会セミナー

11月16日、熊本学園大学の職業奉仕セミナー

11月28日、熊本銀杏学園の創造的奉仕プロジェクト部門セミナーです。

各セミナーへは、私と田嶋副会長と会員数名が出席しました。このところ、セミナーが増えているような気がします。お忙しい中とは思いますが、今後とも出来るだけ多くの会員の出席をお願いします。

 

他に、12月11日の家族例会、10月23日のチャリティバザーには、奥様やご家族の方にご出席・ご協力をいただき、親睦を図ることができました。奥様方に感謝いたします。

 

また、職場例会にご協力いただきました皆様方と、会員卓話をしていただいた会員の方々にも感謝いたします。青柳会友はお話が完結しておりませんので、続きをよろしくお願い致します。

 

年が明けますと、いよいよ、創立50周年式典の下半期が始まります。年末年始はお体を十分に休ませていただいて、来年が良い年になることを祈念いたしまして、「上半期を振り返って」を終わります。

会長の時間23 平成25年12月25日(水)

2013-12-25

「キータンゴン村学習小屋改修の記事が6紙に掲載」2013.12.25

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

10月の末に、日本経済新聞社の小川望記者から、日田ロータリークラブへ連絡がありました。

ミャンマーの学習小屋改修の件についての問い合わせでしたので、記者と電話とメールで、日田ロータリークラブクラブのこれまでの活動を説明しました。

 

小川記者は11月の中旬にミャンマーに取材に行かれるということでしたので、ミャンマーの田舎の実情を知るためにも、是非、キータンゴン村の現地を見て欲しいとお願いするとともに、その時期、古庄重生さんがヤンゴンにいるので、ミャンマーの生の情報を知るためにも会われたらどうですかとお勧めしました。

 

その後、小川記者は実際にキータンゴン村も取材して、今、お手元にお配りしている記事を書いて下さいました。12月18日付の日経新聞夕刊一面と、12月21日付の電子版です。

 

経済発展の恩恵を受けるミャンマーの大都市に比べて、まだその恩恵の及んでいない農村部における教育事情が分かる良い記事になったのではないかと、私は思います。

 

記事には、日本の民間支援団体となっていて、日田ロータリークラブの名前は出てきませんが、日経新聞は日本中の経営者が読む新聞ですから、今後の日本とミャンマーの草の根の交流に何らかの良い影響があると良いなと期待します。

アセアンとの外交に力を入れている安倍総理の目にも留まって教育事情の改善のための支援などにも期待します。

 

これで、ミャンマーの学習小屋改修の記事が、西日本新聞と大分合同新聞の日田玖珠版、読売新聞、毎日新聞、朝日新聞の大分版、日経新聞の東京版と電子版の6紙に掲載されました。

 

日田ロータリークラブの公共イメージの向上に役に立ったのではないかと嬉しく思います。

これからも発信していく日田ロータリークラブになることを目指します。

会長の時間22 平成25年12月18日(水)

2013-12-18

「中国の食品問題」2013.12..18

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

台湾で、中国からは食料品を輸入していないという話を聞きました。香港やマカオでも同じと聞きました。彼らは、中国本土の危険な食品のことをよく知っているからだと思います。

 

日本には生鮮食料品が八十八万トン輸入されていますが、そのうち、六割近い五十一万トンが中国からの輸入です。日本は大丈夫なのだろうかと、常々不安に思っていました。

 

月曜日に「未来世紀ジパング」という番組で「危険?中国食品問題の実態」という放送がありましたが、この番組を見て少し安心しました。

 

日本には素晴らしい検疫システムがあります。全国の港や空港に三十二か所の検疫所があります。そこで怪しいと思われた食品は検疫検査センターに送られ、約四百人の検査官が二百項目以上の厳しいチェックをしています。

 

日本の食の安全は、この世界一厳しい検疫システムで守られています。このシステムは世界でもよく知られ、各国からも研修に来ていますが、TPPに取り入れられて世界標準になる可能性もあるそうです。

 

二〇一二年度に検出された違反の第一位は中国の二百二十一件ですが、二位はアメリカの一九〇件でした。違反率でいえば、平均は0.6%、アメリカは0.81%ですが、意外なことに中国は0.25%まで下がっているそうです。

毒餃子事件以来、中国側も日本向けの輸出品に関しては、かなり厳重に検査していると思われます。

 

但し、中国国内の食の安全の実態は、恐ろしい限りです。

上海郊外の農地では、ジクロルボスという残留性の高い劇薬が大量に使われ、除草剤も基準の2倍以上の濃度で、農民はマスクもせずに平気で撒いています。本人も危険という意識が全く無いようです。

市場で買う庶民も、キュウリに花がついているのは成長促進剤が使われているからだとか、ミカンの色が斑なのは着色されているといって、選別して自己防衛していました。

家では、野菜を水につけオゾンで消毒したり、長い時間、水で洗って食べていました。

 

乾燥湯葉を作っている現場でも取材していましたが、製造の様子を平気で見せてくれるし、これを入れないと売れないんだと言って、添加剤を入れていることも話してくれます。ここでも、全く悪気がないようでした。

 

悪意でやるのも怖いけれど、無知と悪気が無いというのも、皆が被害者となるから、もっと恐ろしいと思います。

 

その乾燥湯葉を日本に持って帰って分析したら、チオ硫酸ナトリウムという写真の現像剤につかう薬品や、ゴキブリ駆除に使うホウ素が入っているということが判明しました。

 

今まで中国に行って、野菜やら魚介類、肉などを火鍋に入れて「旨い、旨い」と言って、食べていましたが、もう食べる気がしなくなりました。一部に改善の取り組みは始まっているようですが、中国で中国人が安全な食を手に入れるのはいつの日になることでしょうか。

 

ひたコン 恋の大作戦 100VS100をPR

2013-12-18

江田会友が商工会議所青年部としてひたコンをPRしました。

 

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外部卓話「民謡と私」吉冨産業株式会社 代表取締役 吉冨今日子さん

2013-12-18

日田市の吉冨産業株式会社の代表である吉冨今日子さんに、民謡についての卓話をしていただきました。

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みなさんこんにちは。初めてお会いする方も初めてじゃない方もいらっしゃいますが、私がこういう場でお話する立場でないと思いますがよろしくお願い申し上げます。本日はどういういきさつで吉富産業の代表になったかをお話いたします。私は熊本県阿蘇市生まれの37歳、母は日田市出身ですが、生後数カ月で亡くなりました。桜祭りというお祭りを日田市で3年ほどやりまして、誰かお嫁にもらえる人はおりませんか?と言い続けたところヒットしてこちらに嫁に来たということであります。

吉富今日子は民謡というイメージが強いですが、民謡の出会いはおじいちゃんにちっちゃい頃からお風呂で聞かされていたということです。9歳からイヤイヤながら合いの手をハイハイとか無理矢理させられて、いつの間にか習っていたということです。28年の歴史になります。民謡を通していろんな経験をしました。民謡という言葉がでてしまうと年配の方が多く、最初は私も学校で民謡をやっていることが恥ずかしかったのですが今ではフェイスブックフレンドになっている恩師の先生に「中学校の文化祭で民謡を披露しなさい」との背中押しで堂々と民謡を歌ってもいいんだということになりまして、色んなところで歌うようになりました。

 

そもそもみなさま民謡の歌詞は思い浮かびますでしょうか?日田で言うとコツコツ節や、有名なのは竹田の子守唄などですが、民謡というのはなんだろうと簡単にご説明させていただきますと、ここに歌詞本というのを一つ持って来ておりますけれども、昔からの生活を歌った唄なんです。田植え唄は昔からございます。4月5月の腰の痛さよ、泣く子に乳を飲ませる作業歌、労働歌でございます。生活の歌が繋がっております。日本が便利な世の中になっておりまして、田んぼ作りのことが現在の人は詳しくわからないのでありますが、手作業で腰の痛い思いをしながら稲を植えていた。今日も一日が長いなぁと言いながら、乳飲み子におっぱいを上げる時間があれば、その間だけは休憩ができるという、そういう作業歌であります。

 

現在私は民謡の普及活動をしようとしておりますが、民謡はご年配のイメージがあるんですね。九州各地に行くんですが、「こんなに若い人が歌うんだ」ということで驚かれることがあり少し残念だと思うことがあります。演歌とか今流行のJ-POPはわかっていただけますが、民謡って言葉だけはご存知なのですが、では民謡って何?というとわからない方が多くおられます。私は日本の各地で歌っておりますけど、民謡ってこういうものなんだってお三味線で歌うんだって、こんなに賑やかな曲もあり、こういうしみじみした歌もあり、ということで民謡を忘れないでいただきたいと思っています。後世に少しでも伝えていただきたいです。私は年間40回ぐらい大会などに出場します。本職は油を売ることですが、民謡をしながら外でも油を売っております。今年の当初の目標は九州から出るということにしまして、費用もかかることではありますが、日田をアピールしようと思っています。年初から姫路市に行ってきました。大阪では産経民謡大賞で5位をもらいまして、10月は東京に3回、津軽民謡もやっておりますので、他の大会にもたくさん行っております。プログラムには様々な方の出身地が書いてあるんですが、各県の大会に日田市の方がいないんですね。大阪に行っても兵庫に行っても名前がほとんどいない、ということで小京都である天領で個人的に民謡の輪を広げようとしています。人のつながりはお金では買えないと思っておりまして、フェイスブックもありますが人と人とのつながりが大事だと思っています。

 

私は平成18年12月24日にこちらに来ましたが、みんなに守られまして油を売ることを一から覚えました。平成21年だったんですが会長が亡くなりましたが今年3回忌でありました。9月21日に亡くなりましたが、実は内緒で2人で話したことがありました。寿司が食べたいというので行きましたが「僕とあの世で会った時に話をもう一度話をしよう」といわれ、どういう意味なんだろう?と思いましたが「それはあの世で(自分がいなくなったあとの)話をするだけでいい。急いでこなくてもいいよ」ということと今は思っています。「今日子、では頑張ってくれ」ということをその場で言われまして、その1ヶ月も経たない頃に倒れました。私が継いだニュアンスはそのようなことで受けとって頂きたいと思います。私は毎日現場を走り回っておりますので、今日子ちゃーん、と呼んでいただければ飛んで行きたいと思います。難しい話をすることはなかなか出来ませんので、昼食で眠たくなっておりますので、そろそろ唄をお願いします。笑うということは口角が上がって健康になりますのでみなさんもご一緒にお願いします。それではせっかくなので大分県民謡で、久住高原の歌を歌いたいと思います。
【唄の披露】それではもう一曲、有名な五木の子守唄には2種類あるんです。正調五木の子守唄を行います。【唄の披露】本日はありがとうございました。

 

 

 

 

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実際に、大分と熊本の民謡を披露していただきました。

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年末家族会がありました

2013-12-13

日田市豆田町のアプロディール紙音で、恒例の年末家族例会がありました。

ジャズの演奏を聞きながら懇親を深めました。

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2014年 1月の例会予定

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・1月 1日(水) 休会

 

・1月 8日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

新年例会(お昼の例会です) 年男の抱負

 

・1月15日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

会員卓話 ロータリー推進月間によせて 青柳寿人会友

 

・1月22日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

新入会員卓話 江田弘司会友

 

・1月29日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

外部卓話 ケアマネージャー協議会会長 赤坂由美子さん「介護に関して」

会長の時間21 平成25年12月11日(水)

2013-12-11

「家族例会」2013.12.11

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

こんばんは。

今日は年末恒例の「家族例会」です。

今夜も大勢のご家族の方に参加していただき有難うございます。ロータリークラブの活動は、家族の皆様のご支援やご協力に支えられのことだと感謝します。

 

普通ならば、「あと半年です」と言うところですが、今期は、来年6月14日(土)に日田ロータリークラブの創立50周年を控えております。この50周年の式典と祝宴を成功裏に終わらせるためには、この半年が最も重要な期間であり、私の会長としての責務であると考えます。

 

チャーターメンバーの井上幸一会友を名誉委員長に、石井博基会友を実行委員長にお願いして、各委員会も出来ました。委員会ごとに準備に取り掛かっていますが、皆様、有能なロータリーのメンバーですから、歯車が回りだせば力強く動き始めますので楽しみでもあります。

 

また、式典の時には、奥様方には、来客の接待など色々とご協力をお願いすることになると思いますが、その節はどうぞ宜しくお願い申し上げます。

式典が終わりましたら、三隈川に遊船を浮かべて、奥様方にもご乗船いただいて、ガバナーを初め大分・熊本の各ロータリークラブの方たちと懇親を深める予定です。その日を楽しみにしながら、今日の家族例会も前祝として楽しみたいと思います。

本日は、有り難うございます。

12月の例会予定

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・12月 4日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

職場例会 河津建設 川の浚渫の見学

 

・12月11日(水)午後6時30分  日田市のアプロディール紙音

年末家族会

 

・12月18日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

外部卓話 株式会社 吉冨産業 代表取締役 吉冨今日子さん 「民謡と私」

 

・12月25日(水)午後0時30分  日田市の歴史の宿亀山亭

会長卓話 「上半期を振り返って」

会長の時間20 平成25年12月4日(水)

2013-12-04

「日本の15歳の学力が向上」2013.12.04

日田ロータリークラブ会長 橋本信一郎

 

12月3日、経済協力開発機構(OECD)が、65カ国と地域の15歳男女、約51万人を対象として実施した2012年国際学習到達度調査(PISA)の結果を公表しました。

 

日本は、最悪だった2006年の調査に比べ、「読解力」が15位から4位に、「科学的応用力」が6位から4位に、「数学的応用力」が10位から7位に回復しました。

ちなみに2000年の第一回調査では日本はそれぞれ、8位、2位、1位とトップクラスでした。

 

今回のテストは、「脱ゆとり」を掲げて平成20年に改定された新学習指導要領で学んだ生徒が初めて受けたテストで、その成果が着実に表れているようです。

 

文科省は、昭和50年代後半から学習内容を徐々に減らす、いわゆる「ゆとり路線」をとってきました。そして、平成14年には授業時間の3割削減と完全週5日制を導入して本格的な「ゆとり教育」が始まりました。

 

当時「ミスターゆとり」と呼ばれた文科省の寺脇某という役人が、テレビ番組で「中学卒業の時、皆が100点を取らなければいけないのです」と馬鹿な発言しているのを聞いて「日本人をみんな阿呆にするつもりか」と怒り心頭に発したことを思い出します。

 

それから「脱ゆとり教育」に辿り着くまでには長い時間がかかりましたが、結局、潮目が変わったのは、2006年OECDテストの結果です。文部科学省幹部は「2006年のショックで日本は目が覚めた。教職員組合の要望も強く、それまではゆとり一色だったが、このショックで省内からもゆとり政策への批判が出るようになった」と打ち明けています。

 

この「ゆとり教育」は子供たちにも傷跡を残しています。彼らは「ゆとり世代」と呼ばれるのをとても嫌います。そして「それは自分たちの責任ではない」と言いますが、全くその通りです

あの当時、「世界で一つの花」という歌が流行りました。「君は世界で一つの花だから、そのままで良い。それが君の個性だから」というような歌だったと思います。

結局、「厭なことはしなくて良い。何故、厭なことをしなければならないのだ」という「ゆとり」というより「ゆるみ」の風潮を作ったような気がします。

子供を伸び伸びと育てるのは良いことですが、辛抱してやり続けさせることも必要だと思います。

 

彼らは前後の世代から「ゆとり世代だから」と揶揄されますが、その責任は文科省の役人と教職員組合と政治家にあります。子供を義務制の学校に通わせる親たちが反対の声を上げなかったことにも反省すべき点があります。私立の学校に向かった家庭もあります。私立では土曜日も授業があります。結局、しわ寄せは子供たちに来ました。

 

少し話は違いますが、週刊文春に、佐々木常夫さんという人が「プアなイノベーションより優れたイミテーション」と書いてありましたが、全くその通りだと思います。

職場例会 三隈川浚渫現場見学 河津建設

2013-12-04

河津建設さんの職場例会です。
三隈川堰に堆積した土砂を撤去する工事現場を見学しました。

現場は川底が見え、昔の鮎やな跡や、昭和28年の水害以前の堤防跡を見ることが出来ます。

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